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『秒速5センチメートル』コメント避難所・その2
コチラの映画『秒速5センチメートル』の感想を書いたエントリーにいただいたコメントを移したエントリーです。その1はコチラ。

コメントとそれに対するレスは続きにて。
始めまして、自分も昨夜のBSでコレを見てしまって、
悶々とした心の不均衡が発生してしまいネットを彷徨ってここに辿りつきました。
WBC惜敗でビールを大目に飲んでいたせいか、すっかりはまってしまいました。
酔っ払いながらチャンネルを回していると見慣れた景色の妙にリアリティのあるアニメで(丁度電車に乗るあたり、小学校のくだりは見逃しましたが部分的に振り返る場面が多く、大体わかりました。)次第に話にのめりこんでいきました。

見た後、いろんな思いが交錯して、1晩明かして、悪い意味ではなく「ずるい脚本」だと、、、多くの方は大なり小なり成就しない恋愛の経験があり、自身を投影することとなるんでしょう。
特に、普通の男ならその傾向は強いと思われます。

「貴樹はどういう想いだったのだろう」⇒
「どうして告白しなかったのだろう」⇒
「じゃあ自分はどうだったんだ」⇒
「あの娘とあんなことあったな〜」⇒
「俺もいえなかったわ〜」⇒
「でも、あの貴樹の設定なら・・・」
⇒(以下無限ループw)

小学校以来の意中の女性がまるで走馬灯のように現れて
何十年も前の記憶を辿り、付き合ったきっかけや別れたいきさつを分析し、あんな態度とられたら『惚れてまうやろ〜』とツッコミつつ、
たいてい自分のふがいなさを嘆く。。。

そんな眠れない役2時間を過ごし、実は自分は30台半ば、隣には妻と子供が寝ているw
この歳になってもまだ恋愛話でこんなに興奮するものかと、自分でも驚いています。
私だけかもしれませんが、上記の無限ループを誘発するこの映画は本当に賞賛の意味でズルイ。


以下、余り主題とは関係ないところの感想です。

〇代設定がいいですね。自分は若干上の世代です(高校でスーファミかな)。
携帯電話のない恋愛環境で翻弄される最後に近い世代ですね。
あのころ携帯があったらどんなに違った恋愛ができたか、、、
(自分の母親は意図的かどうか不明だが、女性からの電話連絡を怠る過失が多く、何度もチャンスを失った)
女の子の家に電話するのに自宅でも一人で話せるタイミングを見計らい、先方の家族に不審がられないよう努力して大変だったな〜w

△燭澄中学生2人が親に無断で?野宿するなんて、ちょっと考えられない設定ですね(後日捜索願いが出てて大変になりましたなんていうエピソードは野暮ですかね)。

B2話では、当然遠距離恋愛をしてるものと思い込んで、ダラーと見ていて、花苗って娘かわいいのにかわいそうだな、貴樹は罪な男だな、なんて思っていると第3話で脳天打ち砕かれたw。
貴樹がものすごく劣化していき、オイオイ大丈夫かよと心配になるも、事情を飲み込めたら、自分にもチョイ似たような経験があってここで感情移入シンクロしましたね。
自分は実はある人への想いをバネに資格試験に打ち込んでいたのに、非情にも途中に付き合った女性とは勉強に専念することを理由に別れた。試験合格には数年を要して、結局がんばったけど自分の魅力も勉強疲れで衰退していて、意中の人とはもう関係をつくる雰囲気にも至らなかった。
恋愛はタイミングが重要だとつくづく思いました。

こい粒┐呂舛腓辰函ΑΑ

ズ埜紊瞭Г濱擇蠅両賁未六身殞章世△襪鵑任靴腓Δ、ああいう終わり方だから脳天打たれたんだと思います。
個人的には都会につかれた貴樹が種子島に帰って、花苗とどうのこうのなりそうな余韻を残す程度のハッピーエンドでももよかったかなと思ったけど、そうなるとこれほどの衝撃は受けなかったと思いますね。




いいオッサンが気持ちを整理するために長文書いてしまいました。
こういう話は男友達でもしにくいし、ましてや、妻となんかできません。
そういえば貴樹も友人や家族の位置づけは敢えて描かれませんでしたね。
でも男の恋愛なんてそんなものだと思います。一方的に想いを増幅して妄想を膨らまして・・・(女性もそうなのか知りませんが)。


独りよがりな書きなぐりで失礼しました
おかげさまで、久々になんかある意味、心がリフレッシュしました。

2009/03/10 7:02 PM by S48

コメントありがとうございます。

ご友人とも奥様とも通わせづらい感情を、こちらで昇華することができたのであれば何よりです。今後ともいくらでも書きなぐっていただければと存じます(笑)。

しかし、貴樹の視点から家族が省かれていることには、正に一考の余地があるに違いありません。特に2話の、花苗と姉とのやり取りと、貴樹の超然とした様子との乖離などはちょっと気持ち悪いくらいのものがあるような気すらします。

ただ、もしかしたら、新海監督が意図的にそうしたのであれば、それは貴樹の思いが止め処もなく肥大していく様子を皮肉として描くためのものではなく、たとえば栃木で一晩を明かしてから帰った貴樹を、彼の両親は責め叱ったのでしょうが、そんなことは、大人の理屈は、関係ないのだ、自分にとって正しいことを信じる、それでいいじゃないか――という思いが込められていた可能性もあるのかな、などと思いました。実際に貴樹自身は、それからも明里のことを思い続けていたわけですし……。
2009/03/13 5:20 AM by ハセガワ


本当はしゃべくり007を見るためにテレビをつけたのですが、少し見たらチャンネルをかえられなくなり結局すべてみてしまいました。

ほんとに言葉に言い表せないぐらい変な気持ちになりました。
2009/03/10 9:32 PM by ハセガワ

コメントありがとうございます。

>ハセガワさん(何だか恥ずかしいですね・苦笑)

本文に引用されている友人が、正にそっくりそのままそのようなことを言っておりました。また、私自身もどうにも収まりがつかない感情があったからこそ、こんなに長々と感想というよりも整理するための文章を書いたのかもしれません。
2009/03/13 5:20 AM by ハセガワ


BS2で昨日観まして
「あれっ、バットエンド」、「いやそうでもないような・・・・」

「いやいや、なんなんだろこれなっとくいかない、のか?」

と フィクションはハッピーエンドがじゃないと気がすまないたちなのかぐるぐる思想が回ったのでほかの人が答えを持っているんではないか

という希望を持ってハセガワさんの記事に行き着いたしだいです。



 がむしゃらに出来る事を一生懸命やり続けその突き動かしたものが
好きなあの子を守るという目標の為の男のナルシシズムの一つだった
というのが結論なんですが、
 
 ハセガワさんの感想を見て私が納得するため一年以上前感想に充てた私のナルシシズムみたいな・・・。

2009/03/10 11:15 PM by COMMON

コメントありがとうございます。

私自身は(少し上のぼやっきさんも同じことを仰られていますが)フィクションはハッピーエンドでなければ気が済まない、ということはない人間ではありますが、しかしこの物語はハッピーエンドであると結論づけています(とりあえず――といったものでしかないのやも……と自分で思わないこともないのですが・苦笑)。

長々と読みにくい文ですが、COMMONさんの希望に少しは浮力を与えることが出来たでしょうか? そうであれば幸いです。そうでなかったら、ごめんなさい(笑)。
2009/03/13 5:20 AM by ハセガワ


はじめまして
新海さんの作品は常々見たいと思っており
先月あたりにBSでやっていたのを録画してたんですが、何となく見るがしなくて今日までほったらかしにしていました。


あのエンドについて賛否両論のようですね(笑)
最後まで見終えて『ほっとした』というのが、私の率直な感想です。
あかりと結ばれた訳でもなく、花苗と偶然に再会し地に足つけた恋が始まるエンドロールでもない。

あの踏み切りは、自分の生きる世界とは違う物語のパッピーではない
誰にでもどこにでもある、今この時の日常エンドだと思いました。
王子様とお姫様はどこかの平和な王国で幸せに暮らしましたとさ…
んなこと言われても、こちとら波瀾万丈な鬱バット日常茶飯事の世界を生きとるんじゃい!

あの救われないエンド、でもそれでも美しい世界。
私はあの終わりに救われた気がします。



ハセガワさんの解釈にある
『あかりは(手軽を出したことに)しまったを思った』ことに納得いきました。
小学生時代の淡い恋で終わらせることができたのに
転校先の辛さから出してしまった一通の手紙。
そこから再び火種が燻り続ける想い。
けれどもそれは新しい学校生活に馴染めない慰めとして、貴樹への恋をしているのではないかという葛藤。

きっとあかりはあのホームで『ありがとう』と『さようなら』を告げるつもりだったのに、結局渡すことができなかった。
貴樹とのキスで心が大きく揺らいだために。
そのために二人の気持ちは整理という決着の機会を失ったまま紙飛行機のように宙を飛んでゆく。

私が好きなドリカムの歌詞の一節で、遠くに行ってしまった彼に
『雪と距離に阻まれて』と女性が歌うところがあります。
文通が途絶えたのには
日常が二人の間をどんどんと流れてゆき
現実の生活によって想いは阻まれ、手紙のやり取りすらなくなったのではないか。

互いを想っていてもちゃんと付き合い始めた訳でもないし
ケータイのメールで頻繁に連絡を取れたのでもなし
そんな微妙な関係が文通を途切れさせたのではないかと。



上記のゆうきさんのように、私も激しい感情が無くなった気がします。
ハセガワさんやみなさんのおっしゃる通り、時に男子諸君は乙女より乙女チック(笑)
私もこっぱずかしい体験談を書かせて頂きますと、高校時代に切ない失恋をしました。
小学生から部活一筋だった高校時代の私はろくに恋愛をしたことがなく
恋愛にうつつを抜かすなど軟弱だと思っていました。
まあ、ただ単に羨ましかっただけなのですけど(苦笑)

二年生の頃に入部してきた後輩がたまたま地元が同じで
毎日の部活終えてから一緒帰るうちに彼女に惹かれる様になります。
取るに足らない自分をありのまま受け入れてくれ
がんじがらめになったプライドや、固く覆っていた心の殻が剥がれていく気がしました。
一緒にいれることがただ嬉しくて、後ろからひょこひょこついてる彼女が愛らしかった(苦笑)
ただ、私の出来損ないの価値観がそれを素直に認めることが出来ずにいて、結局彼女は私の憧れていた先輩と付き合うことになりました。
それを知った時に愕然としました
今までなんてくだらない意地を張っていたんだろうって。
頭が殴られる感じとはこういうことをいうのかとw

それから少女漫画ばりのお約束の展開です
まさか自分の人生にそんな展開が訪れるとは思ってもみませんでした。

心臓がきゅーっと締め付けられ
心の位置がはっきりと分かるくらいの痛みを感じ
星を見ては泣き、何事もないように昇る太陽に憎しみを抱き
電車の中だというのに、彼女の地元の駅を通過する度に頭が痛み、本当に涙がとめどなく流れました。

ああ、あと泣いて夜を明かすとかも体験したなあ。
そのうえ彼女が先輩と付き合っていると知ってから3ヶ月間の記憶が全くないなどコテコテの失恋ドラマです(笑)

最後は玉砕覚悟で桜が舞い落ちる中で告白して振られました。

毎日彼女のことを考えて朝も夜も泣いて
私は自分を癒すことと彼女を忘れること諦めました。
きっと5年経てば彼女を忘れられる。3年経てば前を向いて歩いてゆける。

歌のように街角で彼女の姿を追い求めていました
本当に彼女の後ろ姿に見えてしまうから不思議です
それでも今はやっと少しづつ前を歩けるようになってきたと思います。

だからこそあの終わりと貴樹の困ったような微笑にほっとしました。



以上です。
なかなかナルシシズムを排して書くのは難しいです、長駄文失礼しました。
2009/03/12 11:50 PM by ただいま例の桜の下

あと長野は海がないからなのかなー
とか思ったり(笑)
2009/03/12 11:53 PM by ただいま例の桜の下

コメントありがとうございます。

いや、実に素晴らしい体験談をありがとうございます。これが駄文であるというのであれば、この世の色恋沙汰は皆犬に喰わせておけばいい、ということになるでしょう(笑)。

特に、自らを癒すことと彼女を忘れることを諦める、という心境はとても十代の若者の思考回路とは思えず、ただただ感心するばかりです。その知性でもって、自分のちっぽけなプライドに意味がないことを自覚し、彼女にアタックすることは出来なかったことを思うと、つくづく人間というやつは(若い男というやつは――と言うべきであるのかもしれませんが・苦笑)、難しく作られているものですね……。
2009/03/15 6:00 AM by ハセガワ


解釈を読んでて思い出して泣いてしまいました。深読み面白かったです。
とても細かくとても深く語られているので、
もうこれがこの作品の真意なんじゃねえの?て思わざるを得ないです。

私は女だけど貴樹に自分を置き換えて楽しみました。
だからかもしれませんが
どうしても、二人にはくっついて欲しかったですよ。
くっついたら単なる恋物語で映画にする意味もなくなる訳ですが(笑
2009/03/14 6:44 AM by みみはむこころ

コメントありがとうございます。

女性の方にそのように言っていただけると、何とも恐縮であると共に、非常にほっとする思いがします。

男性の愚かさは、多くは種を存続させるために遺伝子をばら撒くプログラミングをされているが故の、気の多さや異性と結びつくということにおける意味合いの軽さに起因することが多いと男ながらに思うのですが、しかし、貴樹のような類の救い難い、しかし愛すべき視野狭窄状態も、ないわけではないということを、世の女性の皆様にご理解いただければと心より思う次第です(苦笑)。
2009/03/15 6:00 AM by ハセガワ


ハセガワ様はじめまして。
BSでこの映画をはじめて見ました。

風景や背景の美しさが物語にマッチしすぎて、あまりにも切なすぎて見終わった後、しばらく放心状態になりました。
その切なさを自分の中で消化できず、ネットを彷徨っていたらハセガワ様のサイトを見つけ、解釈を拝見しました。

この映画は、第一話のところで書いたとおり、自分の記憶がベースとなって(別にそんな甘酸っぱいエピソードなんぞなくても)、強く感傷を刺激される作品であると思います。誰かを好きになり、その思いが届かなかったことがある人であれば、心のどこかしらを突っつかれる何かがあるのではないでしょうか。

ハセガワ様の仰る通りだと思います。
強く感じた切なさは、自分の中のその思い出が強く共鳴してしまったように思います。
それ故に、最後はああゆう終わり方しか無いように思います。
切ない感情が心にありすぎて、最初はバット、ハッピー関係なく「人生(恋愛)なんて、そんなもんだよな」と思いました。
今は少しずつ消化出来てきたのか、俺もハッピーエンドだと思いますし、そうあってほしいと思わざるを得ません。

最後に、本当はもっと色々書き込みたいのですが、頭の中で考えてることを、うまく言葉や文章にすることが出来ないので、ハセガワ様や他の書き込みをされている方のように上手に文章を書けることを尊敬します。(この書き込みに2時間くらいかけてます(泣))

2009/03/15 11:00 PM by だれん

コメントありがとうございます。

2時間かけて言葉を搾り出して、こんな場末のブログのコメント欄に何某かの思いを残そうと思っていただいたことに心から感謝いたします。

人間はどのような思いでも、時間さえあれば何某かの形(死=消失も含めて)で消化あるいは昇華することは可能だと思っていますが、だれんさまの切なさがいつしか消えていた時、そこに残っているものがだれんさんの人生に何某かの力を与えるものであればいいな、と密かに願っておきます。
2009/03/16 3:31 AM by ハセガワ


はじめまして。
秒速5センチメートルを見た後、すぐに他の人の解釈や感想が知りたくなってこのサイトに辿り着きました。
期待していた通りの面白い解釈が沢山書かれていて、本編よりも集中してこのページのコメントと書き込みを読破することができました。

この映画のタイトルになっている「秒速5センチメートル」を含め、本編中で速度と言えるものが3つ登場しています。一つ目は冒頭の秒速5センチメートル、桜の花びらの落下速度。次に第二話の時速5キロメートル、ロケットの移動速度。最後に3年で1センチメートル、貴樹と水野の心が近づくスピードとなります。
一話から順に、徐々に遅くなっていくのがわかります。3つ目に至ってはほぼ停止しているとも言えます。強引かもしれませんがこれは、
 貴樹の水野に対する想い<明里に対する想い?<年月
を表しているのではないかな、と感じられました。2つ目はロケットの移動速度というより運搬速度なのがしっくり来ませんが。

それから第三話の内容に関してですが、踏み切りでのシーンは貴樹が仕事中(ホワイトボードから察するに貴樹はプログラマーなのでしょうか。2chではIT土方とも言われる、激務で有名な職種です)に一息ついて散歩にでかけた時のものです。この時貴樹はまだ仕事を辞めていないと言えます。その後水野から「3年で1センチメートル」のメールが来るわけですが、貴樹の携帯が映るシーンで携帯の傍らに置いてあるのは貴樹の履歴書ではないでしょうか・・・さらにこの後貴樹は家を出ますが、コンビニで衛星の記事を立ち読みした後の描写が存在しません。
つまり貴樹は明里への未練をようやく断ち切って歩み始めようとしたが、その矢先に仕事で躓き、転職活動の最中に水野に別れを告げられて、絶望に打ちひしがれて死に場所を求め歩き始める、という内容になっているのではないかと思ってしまったのです。
「一部で囁かれる欝エンド」に関しては知らずに観ていたのですが、私まで欝エンド解釈に至ってしまったので、これに関するハセガワさんの解釈も教えていただければ幸いです。
2009/03/16 7:50 PM by 24男

↑の追記です

すみません。「3年で1センチメートル」のメールの日付が2008年2月2日、ホワイトボード及びパソコン横のカレンダーが2008年3月(ホワイトボードには2月末の予定も書かれており、カレンダーはよく見えないので正しいかどうかはわかりませんが)なので、踏み切りのシーンは転職を果たした後と解釈するのが自然なようです。エレベーターの中で鍵を落としてしまうシーンが印象的でえらく偏った解釈になってしまいましたw
最初は欝エンドな解釈の余地も残してあるのかと思いましたが違ったようです。
2009/03/16 9:05 PM by 24男

↑の追記です。申し訳ありません

一度すべてを失い、明里への未練を抱えたままでは先に進むことができないと悟った貴樹はようやく明里と向き合う準備ができ、「今振り返ればきっとあの人も振り返る」と感じることができたのかもしれません。女性は結局振り返りませんでしたが、貴樹はここで「わかっているなら前に進みなさい」という明里からのメッセージを受け取ったのだと捉えることができます。

あと、今気付きましたがどう見ても5cm/s<5km/hです。
本当にありがとうございました
2009/03/16 11:14 PM by しつこい24男

コメントありがとうございます。

小説版をお読みいただければ幸いなのですが、正に貴樹はIT土方で、会社を辞めた後フリーランスとして家で仕事をしていたはずです(ちょっと手元にないので確認できませんが)。それ以降の内容については私が語ることではないと思うので伏せますが、個人的には新海監督は人間の強さを信じており、それ(この「それ」にはどのような辛い経験を代入してもよいのでしょうが)でも人生は続く、ということの素晴らしさを描きたかったのではないか、と思います。

また、極論ながら、個人的には仮に貴樹の人生から完全に明里が喪われてしまうことが、彼の世界の終焉を意味するものであるとしても(そのように感じられる描写はラストシーンで一切ないとは思っていますが)、「自分で死を選択することが出来る」ということって、充分希望に満ち溢れた――とまでは言わないにせよ、随分と有難いことなのではないかなと思っています。これは一般的ではない考え方であるだろうと自分でも思いますが……。
2009/03/18 3:45 AM by ハセガワ


素晴らしい考察、大変興味深いです。

私とほぼ見解が重なるのは、言いかえればこの物語を見て割と晴れやかな気持ちでいられるのは、鬱エンドとやらの裏に潜んだ真理の一端を作品中から拾うことが出来たからではないかと思います。

どうやらここに書き込んだ方々の中には、小説をまだ読んでいない方がいるようで、その辺は伏せておきましょう。

まず不思議な感覚ではありますよね。一般的、いや何を一般的と呼べるかその定義づけは省きますが。一般的にいけば二人は最後くっつくべきなのでしょう、恐らくは。しかしそうはならなかった。
なぜでしょうか。簡単に言えば距離を描く為、でしょうか。どの速度で生きればお互い近づけるのか。それはもしかするとすれ違うように、また遠ざかるように生きる要素も孕んでいるわけで、方向までも同時に問われてしまう。私としてはあのキスを境にベクトルがずれた気が…(「ずれた=悪い結末」のイメージを払拭できるかがハッピーエンドと捉える第一歩です♪)

…とまぁ長々とすみません。本当のところは明里と貴樹に聞かなければわかりませんね。
しかし、これだけは言えると思います。2人は受け入れた、お互いのいない人生を。←ここまでは作中から読み取れる気がする。というか、みなさん分かっていると思う。しかし脳内に既存の「恋愛もの」の観念が話をこじらせてるんですね。くっつくから幸せ、くっつかないとバッドエンドという固定観念が。
貴樹はもう…もう憎らしいほど大人ですよ(笑)追いつこう、秒速5センチで彼に(笑)

余談ですが、どうしてもこの先2人がくっつくという展開へ思索が及ばないのはなぜでしょうか…
期待としては、正直、正直に言えば無きにしも非ずといったところ(笑)
前述以上の事は2次創作の域だからですかね。根拠が乏しすぎる(というより無い?)からでしょうか。考察はありますが、まぁ妄想として頭の中にしまっておくことにします。

超長文、申し訳ありません。読んで下さった方、お付き合い下さり誠にありがとうございます。
最後に、小説は読んだ方がいいです。考察が深まるし、鬱エンドと捉えてる方には少しは良薬となる描写があるかも…??新海さんも、小説と映画で相互補完的になっていると言っていましたし。

では、このへんで。。。


2009/03/16 9:44 PM by distance

コメントありがとうございます。

実際の生活ではそうではないと皆分かっていても、創作の中では、やはり結婚=打ち止めという感が非常に強いので、これから先2人の道がまた交わる気もしなければ、貴樹と明里に感情移入し過ぎた故に、バッドエンドと思えてならない方も多いのかもしれません。

実も蓋もない話ですが、そう考えてみると、仮に2人が結婚していたとしても、大分考え方にずれがあって、遠からず破局していた――なんて想像も出来なくもないですね……(苦笑)。結ばれずに終わったからこそ、ずっと美しい思い出として記憶していられるという人間のシステムは、残酷でもありながら、実によく出来たものだと思わずにいられません。

そして2人だけではなく、この映画を見た我々も、互いに願った通りに結ばれることが出来なかったこの2人の物語を、ずっと美しいものとして記憶の中にしまい続けることが出来るのでしょうね。それこそ、一度は付き合う関係性となるに至った貴樹と水野の生活を詳細に覗くことが出来たなら、きっといやーな気分になってしまう遣り取りも多々あったに違いありません。つくづく、ずるい映画です(苦笑)。
2009/03/18 3:45 AM by ハセガワ


最近友達に勧められて見たんですけど、皆さんと同じで見終わった後、何か不思議な気持ちになったので、いろいろなサイトを探し、ここに来ました


ハセガワさんの意見や、このコメントのみなさんの意見を聞いて(というよりは見て(笑))僕が勝手に思った事なんですけど、この作品はハッピーエンドとかバッドエンドとかは(言葉は悪いですが)どうでもよく、とにかく何かを感じるための作品なんだと思います


バッドエンドに感じたり、ハッピーエンドに感じたり、昔の自分を思い出したり、今の自分と重ねたり、自分はこうなりたくないと思ったり、自分も諦めをつけて前に進もうと思ったり、今の自分の気持ちにケリをつけようと思ったり、悲しく感じたり、辛く感じたりする、人それぞれ何億通りもの感じ方、考え方のできる作品で、そうするための作品なんだと、僕は思います


そんな考え方をしている僕はこの作品を見て、自分の気持ちにケリをつけようと思いました


僕はこの春から高校3年になるんですけど、小学校6年の頃から約6年間で3回も同じ人を好きになりました


最初に好きになった時は小学校6年の時で普通に仲が良く、席が近くになった時は仲良くいろいろな話しをしていました


しかし中学に入り、違うクラスになったということもあり、ほとんど話さなくなりました


そして中学2年の時にむこうに彼氏ができた事と、トラウマになるような出来事(これを書くとめちゃくちゃ長くなるので省略します)をきっかけに彼女を諦める事を決意し、自分から彼女を避けるようになりました


そしていったん、彼女を諦める事ができたと思っていたのですが、中学3年の時に、彼女と一緒の高校を受けることを嬉しく思う自分がいることに気が付きました


しかし、トラウマの事もあり、彼女を避ける態度を変える事はできませんでした


そうこうしているうちに、中学を卒業し、高校生活が始まりました


彼女も同じ高校でしたが、新しい生活の始まりということもあり、彼女の事は忘れられ、他の人に恋をすることも出来ました


しかし、去年の夏頃に、彼女(とその友達)がやっている携帯のホームページを見つけてしまいました


そして、彼女の悩み、喜び、嬉しさ、楽しさが沢山書いてある彼女の日記を見て、また彼女への想いが強くなっていきました


今度は自分の想いを伝えようと思って、メールをしたりしたんですが、やっぱり今まで僕の方から避けていた事やトラウマの事もありそれ以上は進めませんでした


でもこの作品を見て、自分の気持ちは1度は必ず相手に伝えるべきだと思いました


彼女と同じ学校にいれるのもあと1年(大学は違うと思うので)しかないので、必ずその間にこの気持ちは伝えようと思います


長々と下手な文章で自分の恋について書いてしまい、誠に申し訳ありませんでしたm(._.)m(笑)


今まではこういうコメントはした事なかったんですが、ハセガワさんの意見にすごく共感でき、コメントを丁寧に返すハセガワさんに感激したので、ついつい書いちゃいました(笑)
2009/03/26 10:32 PM by F

コメントありがとうございます。

今までこれだけは思っても書かないでいたことを、今までこういうコメントをしたことがなかったのに書いてくださったFさんの勢いに任せて書いてしまいますと、正直、この話をバッドエンドと捉える人は、何かの経験が足りていないのではないか、と個人的には感じていたりします。

私の浅学ゆえに、はっきりとした言葉では形容出来ませんが、大きな不幸や喪失、小さななんてことのない幸せなど、ベクトルはどちら向きでもよいのですが、たくさんの人生の最大公約数として浮かび上がってくる「真理」のようなものを俯瞰で出来るだけ正確に捉えるために必要なものが何かしら欠けている方は、この物語をバッドエンドと捉えがちなのではないかと思うのです。これまでに挫折を経験したことがない人や、生まれてから良いことなど一つもなかった人であるとか……。この感じ、伝わるでしょうか?

有り体に言ってしまえば、男という生き物はどうしても生物学的に進化と種の保存のために、ばら撒く側として作られているので気が多い生き物ですし、女性は一度身ごもったらば行動に大きな制限が生じるように作られていますから、これと決めると芯が強い生き物としてデザイニングされていると思います。だからこそ、明里に比べて思いを引き摺って生きてきたであろう貴樹も、何だかんだと彼女は作っていた――という言い方をしてもあながち間違いではないと思います。

もちろん、貴樹にとって1番は明里であったことは間違いありませんが、しかしそれは、地球の人口が男女30億ずつの60億人だとして、30億分の1であったかは、甚だ疑問です。おそらく相当に高い順位ではあったでしょうが、貴樹の今後の人生の中で、明里より好きになれる(なれてしまう――と、この物語を見てきた我々には思えてしまう向きもあるでしょうが)女性と出会える可能性は決して低くはないのです(もちろん同時に、そんな女性と出会えないまま孤独な生涯を終える可能性もゼロではありませんが、そこにまで言及する必要はないと個人的には思います。そんなことを言うなら、そもそも望んで生まれてきたわけでもないのに、貧しい国の劣悪な環境の家庭に生まれ、恋愛感情の存在すら知ることなく亡くなってしまう幼い命たちに対して我々はどんな面をして向き合えばよいのか――という話です。そこまで話を大きくしなくても、この日本でさえ、「結ばれなくたってそんな恋愛を経験出来ただけ俺よりマシだよ」と思った男性も掃いて捨てるほどいるに違いありません)。

ですから、Fさんが思いを告げることを決意したのは本当にグレイトなことで、酒の一杯でも奢ってやりたい気分ですが(笑)、仮にその結果バコーンと振られてしまっても、決して自暴自棄にならないで欲しいと思います(ちょっとはやさぐれたりする分には、良い経験だと思いますが・苦笑)。それよりも、それでもまだ、同じように誰かのことを、身が焦がれるほどに好きになれる可能性があるという人生の素晴らしさを、そして、それだけ人を好きになれるという経験をさせてくれた彼女がいるこの世界の素晴らしさを思い、感謝してみると、凄く良い男になれると思いますぜ(笑)。

もちろん、告白が成功するのが一番ですけどね!!
2009/03/27 4:33 AM by ハセガワ


はじめまして。
久々にこの映画を見てハセガワさんのブログにたどり着きました。
読み応えのある文章でした。

ところで、大江千里の『返信』とい曲をご存知でしょうか?
きっとこの曲にこの作品は影響を受けていると(勝手に)自分は思っています。

「髪を耳まで出してみました 朝が早いので電車で書いてます」
きみから届くハガキの文句は覚えた


どこかで聞いたことがありませんか?
2009/03/31 11:14 PM by なおなお

コメントありがとうございます。

間違いなく聴いたことはあります。しかし、私真面目な話、最近若年性痴呆気味の脳みそなので、曲調などは思い出せなのですが、なおなおさんが書き出された部分の歌詞は見覚えがあると思いました。デジャヴでしかないのかもしれませんが……。

しかし、なおなおさんの説を援用すると、本分でも疑問を呈したリンドバーグのズレが、少し解決されるような気がします。山崎まさよしの10年前の曲をきっかけに制作を始めたこの作品の中に、新海監督は自らも、幼い頃の貴樹や明里のように世界に触れていた頃に、自らの傍らにあった音楽を持ってきた――ということなのかも。リンドバーグと山崎まさよしだけだと、ふらふらして不自然さばかりが目立つのだけれど、そこにもう一本加わると、どこかしらしっかりとするとでも言いますか……。もしかしたら、本当にそうなのかも(少なくとも、僕が気がつかなかっただけで、大江千里でなくとも、リンドバーグに近い他の音楽も、曲そのものが出ないだけでモチーフになっているシーンがあったりするのかも)――なんて思いました。
2009/04/01 3:30 AM by ハセガワ


はじめまして。ハセガワさま。
さきほど、「秒速5センチメートル」を見て、非常に感動、衝撃を受け、
ネットでいろいろな方の感想などを読み漁っておりました。

そして、こちらに辿り着いた訳です(笑)

あちこち、さまよっていた理由はやはり、自分の中にある
この作品の感想というか、悶々とした感情というか、
そういった想いの答えを探していたのだと思います。

ハセガワさま、そしてこちらにコメントを残しておられる方々の
感想や意見を拝見して、なんだか、救われたような気がしました。

「あぁ、僕だけじゃなかった!」と(笑)

そこで、みなさんのように深く考えた訳ではありませんが、
自分の感想を少しばかり披露させて頂く事、お許しください。


いろいろな感想を読ませていただいたところ、ラストシーンを
『BAD END』として捉える人が”意外と”多かった、という印象です。
ただ、それはどちらかと言うと若い世代、貴樹や明里よりも年齢が低い人達の意見
のように感じました。(勿論、そうでないひともいました。)
仮にこの意見集団を『否定派』と呼びます。

第三話を大いに評価し、共感している人も少なからずいましたが、そういう人達は総じて
年代的に貴樹と同じか上の世代、という印象です。(当然、こちらも例外はいました。)
対してこちらの意見を『肯定派』としましょう。

否定派の貴樹の評価は、『鬱』、『引き摺り過ぎ』、『根性無し』、など
明里と結ばれる結末に向かって具体的な努力を怠った等、低くなりがちな傾向に思えました。

片や、肯定派の貴樹評価は、『共感』、『再生』、『応援』など、自分自身に
投影している傾向が強く、評価というよりは感情移入という感じだったように思います。


そのどちらが正しいのか?


などと論ずるのは”あまり”意味が無いことかなと。メディアが映像作品である以上、
鑑賞した人が感じたことが真実であって、例え監督自身が細かいディテールを
加えて小説出してネタバレしようが、映像作品として勝負した結果、
伝えられなければ負け、って言う話だと思うのです。
※何が負けか分かりませんが(笑)監督の表現したいものを正確に100%認識するとか
到底不可能なので、最初から負け戦ですよね〜


ですが、ちょっとでも意味があるのなら、
また肯定派として一言、言わせていただけるなら。


「そしてある朝、かつてあれほどまでに真剣で切実だった想いが、
きれいに失われていることに僕は気づきもう限界だと知ったとき、
会社を辞めた。」

この”失われてしまった想い”って何なんでしょう?
これがキーになっているような気がするのです。

僕はこの『想い』を”明里に対する想い”とは全く繋げていなかったのですが、
感想を読み漁っていると、そのように解釈している人が多数を占めていたように思います。
そして、その事が否定派の論拠になっている、と感じました。

貴樹が東京に出て来てから、明里への恋愛感情を捨て切れずにいたかどうかと言えば、
一応、過去のモノ、初恋の思い出として認識してたと思うのです。
そうでなければ、付き合ってもいなかった17歳の女子高生でも気付いたのに、
水野さんは3年もそれに気付かなかった鈍感女になってしまう。
(そういう設定もアリかも知れませんがw)

まぁ、時間と仕事で磨耗していた為に、気付くのが遅れた、という解釈もあります。

でも、決定的な矛盾は、その”想い”が失われていたなら、水野さんから別れを
告げる根拠が無くなる、と感じました。
”明里への切実な想い”を失っているなら、「1センチぐらいしか・・・」なんて状態には
ならないのでは?と思ったのです。
むしろ、その想いが今も残っていて、そのために水野さんも(花苗のように)
貴樹へ近づくことができないと悟った、であったなら矛盾はしない。でも、
明里への想いが磨り減ったこと/失ったことで、水野さんが疎外感や無力感を感じて、
別れを決意する、というのは納得がいかない。※スイマセン、結局は好き嫌いの話になってしまいます(笑)

その『想い』は、”対象”は関係ないと思ったのです。
『遥か彼方、あるか無いかも分からないモノを求める情熱』
『約束の時間を何時間過ぎても、悪天候であっても会いたいと願う心』
『例え自分のことを見ていなくても、注ぎ続ける想い』
『光の速度で何年も掛かる宇宙の彼方に向かって探査機を飛ばす』
そういう、直向なエネルギー、あるいは生命力とでも言うべき活力のことを
言っていると思ったんです。
(そういう意味からいくと、花苗が一番、幸薄いですね。『明里を求めていた貴樹』に惹かれていた訳ですから)

だからこそ、もう一度、歩き出す為に仕事を辞めて再起しようと考えた。
今の仕事や日常が原因であるならば、それを見直す必要があると。

そして、ラストシーン。
思い出の踏切で明里(?)とすれ違い、振り向くと”期待”した時、
その時にあの頃の情熱の一端を思い出せたのではないでしょうか?

個人的には、あのラストシーンのDVDのチャプタータイトルとして
「そして僕は歩き出す」とつけて頂きたい!と思いました(笑)


1人ヨガリの駄文を書き連ねてしまい、(しかも長文になってしまいました)
申し訳ありません。しかも個人的な妄想まで加わっているようで、
恥ずかしい限りです。

でも、一人で泣きながら見てたらウチの奥さんに
「気色悪いので夜中に1人で見てください。」
と言われた程、衝撃を受けたこの気持ちを、
やはり、どなたかに聞いてもらいたかったのです。

お気に召さなければ、削除して頂いて構いません。
(それで読んでいただいたと分かりますから)

2009/04/02 12:30 AM by カメ

コメントありがとうございます。

他の感想を探す、といったことをしなかったために、大変参考になるコメントでした。ありがとうございます。

探すのが面倒臭くて大変かと思うのですが、ちょっと上のFさんのコメントに対する返信にあるように、私個人としては、この話をバッドエンドと捉える人は、人生経験が足りない方か、きっちり満たされて生きてきている方、のどちらかであると考えています。ですので、そういた感想を残されている方々が全体的に低年齢そうだ、というのは「ほほう(ニヤリ)」って感じでした(笑)。

もう、若いうちは、貴樹を口汚く罵るべきだと思います。俺だったらこんな風にしねーよー! って、PCメールも携帯もバッチリで、ミクシィやらで日記書いてコメント伝えられたりできる若者が思わないようじゃあ日本の未来はお終いです。

そして、そのままの勢いで大人になれればそれで間違いなく幸せですし、悲しきかなそこまで順調にいかず、私やカメさんのような大人になったらば、そのときはもう一度この作品を見返してほしいですね。少し貴樹の気持ちが分かっちゃう自分に出会えるに違いありません(笑)。


ただ、そういった方々に伝えられないから負け、ってことはないと思います。私は才能というものは権利ではなく義務であると思っているので、新海監督は恐らく、もっと伝わりやすい演出にすることはいくらでもできたのでしょうが、そんなものを作ることに価値は感じていないでしょうし、思ったよりも伝わらなかったから小説を書いた、ということもないのでは、と思います。そして、新海監督はこの映画をおそらくは相当に理想的な形でドロップすることができていると思っています。

この筋で、もっと分かりやすく悲しく泣ける話にすることはいくらでもできたでしょうし、そうしたらセカチューばりに儲かっていたかもしれません。しかし、そうなっていたら、ここにコメントを書いてくださった皆様のように悶々とする人は激減していたに違いありません。それは消費される物語でしかなく、鑑賞者の人生に何某かの爪あとを残す芸術ではなくなっているでしょう。そして、新海監督はそれには何の意味も感じていないでしょうし、それで飯が食えなくなったらそれまでだと思われているのではないでしょうか。そもそもデビューからここまでの流れからして奇跡的ですし(そして私は『ほしのこえ』はそんなに面白いと思っていません・苦笑)。

人間余裕と時間ができて初めて芸術や趣味を堪能することができます。これからさらに社会情勢が悪くなっていったなら、新海監督がこのような新作を作っても商売にならない時代が来てしまうかもしれません。しかし、仮にそんな日がきたらば、どうせ人類は終わりでしょうから気にするだけ無駄な話かもしれませんね(笑)。


そして、「想い」についてですが、私はそれは真っ当に対明里、でいいんじゃないかと捉えています。その中に、人生を進ませるあれやこれやも纏わりついている――といった感じで。なので、それこそ貴樹は何やってんだよ! とお怒りのご諸兄には、そのまま、「だから『そしてある朝、かつてあれほどまでに真剣で切実だった想いが、きれいに失われていることに僕は気づきもう限界だと知ったとき、会社を辞めた』っつってんじゃん。会社辞めるまでずっと思ってたんじゃないの?」と言いたいです。

とはいえ、脊髄反射的に書いているので熟考したらば全然違う答えが出るかもしれませんが(苦笑)。
2009/04/07 2:59 AM by ハセガワ


 ハセガワ様初めまして。先月BSで放送されていた所を偶然視聴して
相当な衝撃を受けて以来、一気にDVD、小説、山崎まさよし氏のCD
まで(笑)購入してしまった者です。皆様も語っておられる様に、この
作品は性別、年代、各人の恋愛経験(特に手痛い失恋経験の有無)に
よって観方が大きく異なってくるのでしょうね。私自身は、タカキより
も一回り上の年齢に何時の間にかなってしまった男性ですが、やはり
結婚以前に経験した失恋の相手の娘を強く思い出してしまいましたね。
mixiで日記に書いた際に、やはり同じような過去を持つ同性からも同じ
ような反応がありました。ただ、DVDを一緒に見て貰った女房の反応
は期待していた(何の期待かは分かりませんがw)よりも低く、何だか
寂しかったものがありました。やはり、この作品は携帯が生活の一部に
なっていなかった時代に青春時代を過ごした男性に強い感傷を抱かせる
作品なのかもしれないなぁなどと、皆様のコメントを読みながら思いま
した。桜は既に満開とのこと。雨で散る前に、桜見物を兼ねてあの踏み
切りに行ってこようかと思っております。俗に言う、聖地巡礼ですねw
2009/04/04 5:58 AM by 空波250

コメントありがとうございます。

麻波25を思い出した私は間違っていないでしょうか(笑)?

しかし、基本的にアニメだとかはまったく見ない方ですし、実写映画にしても所謂聖地巡礼にはまったく興味がない、というかそうしようという気がまったく湧かない性質の人間である私なのですが、あの踏み切りは(やっぱり小田急沿線なんですかね?)、確かに満開の桜の下で見てみたいなー、と思いました。今日調べて行ってこようかな。
2009/04/07 2:59 AM by ハセガワ


 別にハッピーエンドじゃなくてもいいけど、ちゃんとした形で再会して、色々あって、結局それぞれの道に進むって話を期待してた。
 やっぱり監督自身の経験が影響してるからかな。変な言い方をすれば監督が子供のころの恋以上の経験をしていないから、こういう結末のものができたのだと思う。
 現実を描く、なんて言ってもそれは監督の主観での現実だからね。もし彼がもっと踏み込んだ恋愛をしていたのなら結末も変わっていたはずだ。
 山崎まさよしの歌が無かったら、この作品の評価はもっと低かったと思う。あの歌が無いと何を言いたい話なのか解らないから。
 いや、逆に言えば歌のプロモーション作品としてならこれ以上のものはないと言えるほどの完成度だ。
2009/04/08 9:39 AM by モチヅキ

コメントありがとうございます。

新海監督の恋愛経験値の低さは(僕も他人に言えるようなものではありませんが・苦笑)諸所で突っ込みを入れる人もおられるようですが、僕もなんとはなしにそんな気もするなー、とは思っています。

そして、山崎まさよしのPV説、実は完全に同意です。ただ、それで悪いというわけじゃなくって、完全に同じところを向いている歌だから、そもそもこの歌を聴いた監督はこの作品を作ったんじゃないかなあと思います。サビの歌詞の貴樹へのマッチング度は異常ですよね。

そして、あの歌の歌詞で、ちゃんとした形で再会できなかったけど、色々あって、これからの道を進もうとしている2人を描く、という成分は補えている、と私は思っていたりします。

しかし、10年前で、すでに充分ロングヒットしている曲ですが、山崎まさよしにとっては本当にプロモーションになっているんでしょうねえ(苦笑)。定期的にBSなどでやっているようですし、この作品。
2009/04/08 10:29 AM by ハセガワ


 ハセガワ様、返信ありがとうございます。

> 麻波25を思い出した私は間違っていないでしょうか(笑)?

 いえ、「空波250」は自分が乗っているスズキのバイクの名前(スカ
イウェイブ)をそのまま和訳したものですねw 自分は先週末に初めて
聖地巡礼なるものをして来たのですが、なかなかに感慨深いモノがあり
ましたよ。mixiのフォトギャラリーにその時に撮影してきた写真を
アップしていますのでよろしければ見に来て下さい。上の名前でやって
おります。。。ちなみに場所は新宿から2つ目の参宮橋になります。
2009/04/09 1:08 AM by 空波250

早速mixiみてまいりました。なるほど、この辺りだったかー、と分かりました。大げさな坂でいやがりますね! 去年ちょうどここら辺を色々あって歩き回ったのでした……。違う悲しいことを思い出してしまいそうです(苦笑)。

しかし、バイクでしたか、なるほど250も納得ですね。そういや知り合いの兄弟が空波に乗っていたような。麻波25というバンドが、昔いたんですよねえ……(そこまで好きではありませんでしたが・苦笑)。
2009/04/09 1:47 AM by ハセガワ


初めまして。
映画を見た後に次々と湧いてくる感傷と喪失感の処理に困ってこちらに辿りつきました。それにしてもこのブログは私のような人たちの駆け込み寺ですね(笑)。

レビュー非常に興味深く、いちいち納得しながら拝見いたしました。おかげ様で混乱していた頭も少し落ち着きました

ハセガワさんのレビューを読みながら、昔何かの本で読んだ「恋は生活に対して垂直に立っている」という言葉をふと思い出しました。現実でありながらも「生活」とは結びつかない「非日常」のもの。私たちはそれを捕まえようとするけれど、捕まえたと思った瞬間からそれは別のものに形を変えていってしまう。実らなかった恋の方が長く心に残るのはそれが私たちの記憶の中でいつまでも一瞬の美しい姿を留めているからでしょう。

この作品は、桜の木の下でそんな一瞬に魅入られてしまった主人公が、それを追い求めて切実に生きた時代の初め〜終わりまでの物語なのだと思います。あえて終わりというのにはワケがあります。深読みかもしれないですが…

第三話の中では冬〜春までの時間が微妙に分けられていて、それに符合するように貴樹の描写も変化しています。最初に出てくるタカキがPCで作業をしているシーンと踏み切りで明里とすれ違うシーンは春。次に出てくるビールの空き缶が転がる部屋〜コンビニのシーンは冬です。女性からのメールの日付は2月2日になっています。

冬のシーンの貴樹が悲しげで潤いのない表情であるのに対して春のシーンでは微笑みを浮かべていて、どこか吹っ切れたような印象を受けます。貴樹を巡る状況は変化していません。明里と再会できたわけでもなく、それどころか明里は別の誰かと結婚することになっています。なぜ微笑んでいられるのか。

私は、貴樹の言う「想い」は明里に対する具体的な思いというよりも、「手に入れられない何かを追い求める衝動」というような漠然としたものではないだろうかと思います。メールを受け取った2月から、桜の咲く頃まで貴樹はその「衝動」が一体何であったかと考えていたのではないでしょうか。そしてその根本にあるのが、13歳の時のキスの一瞬に感じたことだと気づいたのだと思います。

「自分が今まで追い求めてきたものは手に入れられる性質のものではなかったのだ。たとえ明里と付き合っていたとしてもあの一瞬が永遠になることなどなかったのだ」
そんな風に納得できた時に、彼にとっての一つの時代が終わり、あたらしい春が巡ってきたのではないでしょうか。それを裏付けるようにこの作品は春を舞台に描かれる「桜花抄」で始まり、夏の「コスモナウツ」、そして冬を経てまた春を迎える「秒速5センチメートル」という風に主人公の少年時代〜青年時代の終わりまでが一巡りの四季に符合するように作られています。

明里のことを忘れたわけではないけれど、もうそれに捉われていない。だからあのラストシーンになったのではないでしょうか。

この作品を「鬱エンド」と感じた人は、自分自身が何か手に入れられないものを追い求めている最中で、それが手に入らないことを残酷なことであると感じているのではないだろうかと思いました。しかし同時に鬱屈したどうしようもない思いを抱えてしまっている人にとってこの作品が希望になり得ることもあるのではないかと思います。

心地よく無害な刺激を提供してくれるエンターテイメントはたくさんあるけれど、私たちに「日常と非日常のクロスポイント」を(混乱してしまうほど)生々しく追体験させてくれる作品は少ないように思います。私にとって非常に意味のある忘れ難い作品になりました。

稚拙な文章で長々とすみません。コメント頂けたらすごく嬉しいです。

2009/04/11 4:46 AM by Z氏

コメントありがとうございます。

なんと言ったものか、人間の情熱というのは確実に沸点を迎えた後はピークアウトしていく一方で、憂鬱であるとかも大抵同じ構造をしていると思うのですが、問題はその降下のペースに個人差が非常に大きいところなのだと思います。

そして、2人もある瞬間に終わり、そこから緩やかに傷の痛みや甘い記憶を薄れさせていったのだと思いますが、ここでさらに問題となるのは、明里がもう終わってしまったと思った瞬間と、貴樹が終わってしまったと思った瞬間には、おそらく10年近くの差があり、かつ明里の方が貴樹よりも早くグラフは下がっていき、「忘れて」しまえる強さがあったということなのかな、などと思います。

明里が小学生の頃、貴樹と踏切で分かたれてから始まった1つのサイクルは、実はあの駅での別れですでに(たとえその後手紙のやりとりをしていたところで)完結してしまっていて、そこから始まった貴樹のサイクルは、種子島や宇宙や0と1の間などを走り回って、他の女性と関係を持つなどした挙句に、ようやくあのラストで完結したのではないかなと(貴樹にとっての「終わった」瞬間は、会社を辞めた理由に気がついたときであろうと思いますが)。

その考えを下敷きにすると、結局2人は同じ軌道を回る星ではなく、別々の軌道を回る中で、たまたま物凄く近い距離で、それこそ落下する宇宙船が炎に包まれるような勢いで焦がれながらすれ違っただけなのだろうな、と思います。ただ、その時点では、未来の存在など知らないのだから、それが全てと思えてならないのは当たり前の話だとも思いますが。

でも、だからこそ美しく見えるのかな、などとも。


それと、仮に新海監督があのラストを悲しいものだとして描いていたのなら(悲しくない、というわけではないでしょうが)、やはりあのシーンは春にならないですよね。Z氏さんのお考えに完全同意です。

台詞回しや貴樹の微笑みもまるっきり同じでも、あの背景が冬だったらと思うと、物凄く壮絶な(それはそれで「残り」そうですが・笑)ラストになったに違いない……。
2009/04/13 9:35 PM by ハセガワ


読んだ後、何か体が重たくなった。
これからの人生の参考にしようと思う、、
2009/04/11 11:55 PM by はしのはし

コメントありがとうございます。

何か、参考になるような点があったのであれば、とても光栄です。
ありがとうございました。
2009/04/13 9:35 PM by ハセガワ


丁寧なお返事ありがとうございます。
惑星の例えいいですね。少し新海節入ってるような(笑)
小説版もよかったですよぉ。
2009/04/13 10:42 PM by Z氏

いやいや、新海作品だから宇宙関係のたとえにむりやりもっていっただけで(苦笑)。何も考えずにああいう風に宇宙になぞらえてみせるのは、正にその人の「節」なんでしょうねー。

小説版は私ももう読んでおります。これ、1年以上前に書いたエントリーなんですよ。
2009/04/14 12:03 PM by ハセガワ


初めまして。

先月に秒速5センチメートルをBSで見ました。何気なくチャンネルを変えていた時に偶然発見して、最初は、生半可な気持ちで見ていたのですが、見終わった時に自分の心には、感動と切なさ、衝撃など、言葉では言い切れない何かが深く突き刺さってました。この映画を見た次の日から今日まで、自分の中で何かが渦巻いているのですが、それが何なのか分からずに、インターネットをさまよっていた時に、このサイトを見つけ、ハセガワさんの感想を見て、ようやくそれが何なのか少し分かった気がしました。有難う御座いました。

個人的な感想を言いますと、自分ははっきり言って、ハッピーエンドが良かったのですが、何回か見返しているうちにこの作品の意味が分かってきました。ああ、これが人生の現実か。と14(今年で15)の子供が言っても大人から見れば「何言ってんだ、こいつ」と思われると思いますが、そう思わずにはいられませんでした。

他の皆さんは、貴樹と自分を重ねている人が、多いみたいですが、(自分の視点で)自分は、花苗を重ねました。花苗がどうしても今の自分に見えてしょうがなかったからです。自分も花苗と同じよに好きな人がいて、小学校6年生位から想いを寄せているのですが、告白しようか迷っています。しかし、秒速5センチメ一トルを見て、受験に受かったら告白しようと、決心することが出来ました。最後に、この作品は、おそらく、人の人生も変えてしまうかも知れない、素晴らしい物だと思います。

以上、幼稚で、言動がおかしくて、結局何が言いたいのか、分からなくなってしまった下手糞な感想にお付き合い頂き、有難う御座いました。ハセガワさん今度、自分も小説版、秒速5センチメートルを買ってみます。有難う御座いました。
2009/04/27 1:02 AM by かんたろう

コメントありがとうございます。

繰り返しになってしまいますが、僕はあれでハッピーエンドなんです。映画はあそこで終わりだけど、人生は否応なしに続きます。

もしもかんたろうさんが受験に成功されて(個人的には失敗しても思いを告げてほしいと思うのですが……)、告白し、仮に振られたとしても、それからまた好きになれる人に出会って、告白して成功して、後に結婚したとしましょう。

そうなったら、やっぱり振られても、その恋愛は大事だったってことになると思います。あのとき告白する勇気が持てたからこの人にも思いを告げられたんだ――ってなるんじゃないかと思います。

描かれていないけど、明里だって、結婚するような相手に出会ったとき、最初は貴樹のことが頭に浮かんで色々と複雑な思いに絡めとられたりもしたんだろうなあとは思います。でも、最終的には、「貴樹とのときのようになってしまわないように、伝えられるときに、ちゃんと自分の思いは伝えなければいけない」って思えたんじゃないかなあ、などとも思うのです。

あと、ぶっちゃけてしまいますが、最近の若い人は自分のことを分かってほしい分かってほしいと思っているくせに、自分から分かってもらうための努力は特にしていないのに、「分かってもらえない」と不満を抱いてばかりのようにおっさんには見えてしまいます(というか、同年代もそうですが・苦笑)。

でも、それって、やっぱり都合が良すぎるんですよね。キスしただけじゃ、種子島に行ったら手紙も次第にやり取りしなくなちゃうんですよ。やはり貴樹は手紙を吹き飛ばされずに渡さなければいけなかったんですよ。思いがあるなら伝えるべきです。そして伝える勇気がないなら、それは自分が悪いのだと受け入れなければいけません。黙っていても分かってくれる人に出会える幸運もありますが、それは本当に運でしかありません。

そして思いを伝えた結果、思いっきり傷を負うことになるかもしれませんが、切り傷ってのは意外と簡単に塞がります。でも、思いを溜め込んだまま、それを納得しているならまだしも、自分の思いが理解されないことを恨むようにでもなっちゃうと、内側から腐り始めます。そうなったら、もう手遅れになってしまうかもしれません。

少なくとも僕は手遅れになってしまった人を見てきたつもりなので、かんたろうさんにはそうなってほしくない=受験なんてどうでもいいから(よくないですよね・苦笑)告白してほしいです。


素早いお返事、有り難う御座います。八セガワさんの言葉で勇気づけられました。あと、感想を直していだいて、本当に有難う御座いました。(何だか、お礼ばっかり言ってますね)なんせニン○ンドーDSからの投稿ですから、どうしても上手く行かないんです。それと今日、小説版秒速5センチメートルを買いました。読み終わった時の感想は、一言で言うと、安心しました。実際の所、他の部分での感想もあるのですが、(この先ネタバレ)一番に、そう思ったのが花苗が貴樹に、自分の思いをちゃんと言えた事です。その場面を見た時、思わず「よく言った!」と叫んでしまった位安心しました。個人的には、花苗が好きなので、まるで自分が告白したかのように嬉しかったです。自分もフラれるよりも、後悔したくないので、卒業式には、彼女に、自分の思いを伝えようと思います。他も色々言いたい事は、あるのですが、この辺で自重しておきます。最後に、小説版秒速5センチメ一トルを見てみたいと言う方は、映画を見てからの方をおススメします。相変わらず下手なコメントに、お付き合い頂き、有り難う御座いました。

2009/04/28 12:37 AM by かんたろう


コメントありがとうございます。DSでこのページを見てなおかつ文章を投稿しているというのが理解できずに新人類や! とアタフタしているハセガワでございます。そしてそう思うと、この文量をかかれるのにどれだけのお時間をかけてくださったのだろかと思って正直かんたろうさんに萌えていることをここに告白させていただきます。

とりあえずこんな場末のブログでそのような決心に至っていただけたのであればこんなに光栄なこともありません。よかったらコメントではなくメールでも何でも、上手くいった時限定でも、告白の結果を教えてもらえたらなー、などと野次馬根性を発揮しつつ、成功を祈念しております。
2009/04/30 8:40 PM by ハセガワ


この作品を知ったのはニコニコ動画やyoutubeで、そこからDVD購入に至りました。今更ながらですが。
このサイトに辿り付いたのは、他のヒトはこの作品に対してどのような感想を持ったのか気になったからです。

自分は今年29。
なんだか、この作品に自分の過去重なる、そんな気がして。
なんども見ては、何度も「one more〜」を聞きます。
「秒速」ラストシーンの貴樹の笑顔。
 昇華できたのか否か。これは、作者からの「見たヒトが思った解釈」かな、と個人的に思っています。(みんなそうかな)


この作品は自分と重なることが多く。
鬱解釈、ここで書いてある昇華 両方を自分は持ちあわせています。

重なる部分として。
自分の明里役は、初恋のヒト。15〜20まで付き合っていた
女性で一緒にすごしていたけど「好きだ、これからも一緒にいたい」と言えず、気づいたら離れ離れに。今はどこでなにをしているかわかりません。

花苗役は、、、彼女と別れたあと、何人もいるのですが。
やはり、彼女とのことが忘れられない。
結婚まで考えていた彼女だったので、尚更なのかもしれません。
周囲からは「過去のことはわすれて、今近くにいてくれるヒトを」
なんて言われるのですが、いかんせん忘れられず。

でも、その過去があるからこそ今の俺がいるんだ。
と、前向きになる自分。
前向きになれるのは、過去があったから。
と、過去に思いを戻してしまい鬱になる自分。

(心理学を少しだけかじっているので、アイデンティティが不安定に陥ることが多いです)

貴樹はSEですが、自分はプログラマーをやっていました。
その前は学生の頃スポーツをやっていたので、それでプロを目指してはいたものの、怪我が多く挫折。パソコンを触っていたため、パソコンの仕事に。でも、その仕事は自分が思い描いた夢ではなく、出来るから始めたということで、躊躇せず退職できました。
今は、学生の時代のスポーツの近くに存在できる者ということでトレーナーの勉強をしているのですが、なんだかこれもうまくいかず。
「世の中うまくいかないことは知っているでも、諦めなければ」
と、この年齢で少年のような気持ちで頑張ってはいます。
が、キモチが続かない。自分が持ち続けられる気持ちって・・・
と、考えると未だに忘れられない彼女の存在だったりします。

その時代によって生き方を変えている自分。
彼女、もしくは誰かがいれば・・・違う人生なんだろう。
なんて考えたり。
だから、この作品と「one more〜」が心に染みます。

貴樹は明里であろう女性とすれ違い、その後の人生はどう送っていったのか。それが、個人的には知りたいという思いです。
ヒトによっては「所詮アニメになにそこまで感情移入してるんだよ」なんて思うのかもしれませんが。
小説版を読んでいないため、読めば「この作品に対して」収まりはつくのかもしれません。読みます。

自分の気持ちはきっと、いつか、そのうち。
収まるのかな。秒速よりも自分のことが多いコメントですが、初めてこんなにも感情移入そして考えさせられた作品でした。

面白い作品は年月は関係ないですね。
2010/02/27 12:49 AM by タカユキ


コメントありがとうございます。

振り返らなかった貴樹のその後とは、これは綺麗事でも何でもなく心からの自分なりの誠意と確信を込めて発言しているつもりですが、それは等しく私たちの人生であると思っています。貴樹のような経験をしていなくとも、もっと若い年齢でこの映画を見ていたとしても。

というか、そうでなければ、結論を描かない価値はないと思うのです。結論をはっきりと明示する作品と、受け手に委ねる作品と、どちらが優れているとは一概に言い切れるものではありませんし、そもそも前者ですら、結局は受け手の中で好き勝手に租借されるものですが、それはともかくとして、ある程度結論を示さないで話を終える以上は、それを見終えた受け手の中でその物語が何かを紡ぎ続ける――という作用が働かない以上は、芸術としての価値は、乱暴に言ってしまえばまず認められないものだと個人的には考えています。


たとえばあの後、貴樹はSEを辞め、宇宙開発の仕事に就こうと考えたとします。荒唐無稽な例えで申し訳ないのですが、それで、あの衛星に関わる仕事をしよう! と決意して、新しい道を歩き始めた貴樹――というところで終劇とすれば、面白いかどうかはさておき(苦笑)、明里とくっつくこと以外考えたくない! という人以外は、なんじゃそりゃと思うかもしれませんが、ひとまずハッピーエンドではあると思うでしょう。

しかし、当然ながら人生はそこでエンディングではありません。さらに時計の針を進めると、貴樹は望んだ仕事に全く就けずに貯金も食いつぶし、しかし生来の頑固な性格ゆえに、一度SEに戻って金を稼ぐということもできずに破滅してしまうかもしれません。

また、あるいは望む仕事に就けたところで、そこから先、また不幸な目に、それも、その仕事に就けたことに起因する類の不幸に、遭ってしまうかもしれない。


そんなことを言っていては何の結論も得ないのは百も承知ですが、しかし、やはり人生とは、最後までは確たる結論を出すことはどうしてもできないもので、上手な生き方というものがもしもあるのであれば、悲しいことがあったなら、未来にそれをきっかけとする光に出会えるに違いないと考え、良いことがあったなら、それは今だけ、などと刹那的な考えは捨ててしまい、生きていて良かった、人生は素晴らしい、と心から思う――そんなやり方だと思うのです。

ですから、私はタカユキさんの、きっと、いつか、そのうち、収まるのだろうか、という考え方は、とても素晴らしいものだと思います。今は気持ちが切れていて、続いていないのだとしても、来週やる気を取り戻して、その後トレーナーになれたら、俯瞰してみれば、「気持ちが続いていて、トレーナーになることができた」っていうことになるんじゃないでしょうか。

今の人生も違う人生も等しく意味も価値もあり、どっちの人生でも、きっと、いつか、収まってくれるだろうと思ってしまう気持ちはあるでしょうし、同様に、きっと、いつか、やって来るだろう幸福も待ち構えているに違いない、そんな感じでいいんじゃないかと個人的には思っています。同い年の人間にそんなこと言われたかねえ、って話だと思いますが(苦笑)。


正直なところ、私は徹底的にリアリストなところがあるので、そうは言っても死ぬまで良いことなんて1つもなかった、っていう人生だってあると常に心の隅に留め置いている人間ではあるのですが、しかしそんな残酷な影なくしては、人生を祝福する光もないのだろうとある種達観しているところがあります。それも含めて素晴らしい人生だと。

そして、そんな素晴らしい人生において、タカユキさんの未来が、これまでの経験が全て必然であったと思えるようなものになることをささやかながらお祈り申し上げます。
2010/02/28 3:20 AM by ハセガワ


ありがとうございます。
お返事頂いて、嬉しいです。

ハセガワ様の返信を見て小説版届くのを待ち遠しくなり、ようやく小説版を見終わったので感想とハセガワさんへの感謝の気持ちを伝えたく、またコメントを書きました。

小説版を見て映像では自分の想像だけであった部分が明確になり、更にこの作品に対して愛着がわきました。
「やっぱ、タカキはこう思っていたのか」とか「アカリ」「サナエ」はこういう思考の元だったのかと、小説版も終わりに近づくと「タカキと名前が少し似ているだけでなく内面的にも"似てる"」と思ったための愛着だと思います。小説を見て泣くとは思わなかったです。小説版の後にDVDをもう一度見たのですが、もう何度俺を泣かすのかと。

進む時間と速度そして到達点への距離が違った。たったそれだけなのに、想像を絶するほど差が生じるもんだということを再確認しました。


ハセガワさんの「生きていて良かった、人生は素晴らしい、と心から思う――そんなやり方だと思う」同じ年なのに"大人"な考えですよね。自分はまだそこまで到達していないようなきがします。
この作品風に言うと、自分とハセガワさんの等しいであろう年月を違う速度・違う到達点から生じた経験ですよね。
「死ぬまで良いことなんて1つもないよ」という下りのコメントを見た時は「あ、自分も・・・」と若干一致する部分もあったり。

すばらしいかどうかは未だわかりませんが、20代前半や10代の頃のように「まだだ、まだ終わってない。諦めなければ」というキモチ(持ち続けるのは難しいですが)それで進んでゆくしかないかな、と。

小説版に書かれているタカキが他者へ望む言葉「あなたはきっと大丈夫」とは違いますが。自分が彼女から言われた「私はあなたの味方だから」など叱咤激励がメインで家族や様々な人々、ハセガワさんの言葉でまた頑張れそうな気がします。褒めて?いただいてありがとうございます。

編集長の仕事内容はわかりませんが「長」を勤めるのは、難しいですよね。がんばってください。
今でも「いつかきっと会える、形がどうであれまた彼女に合える」それを信じてやまない通りすがりでした。


ハセガワさんの人生がすばらしい人生であることを祈っております。
2010/03/11 4:09 PM by タカユキ


コメントありがとうございます。

「私はあなたの味方だから」と言ってくれた人がいた人生、文句なしにジャスティスなのではないでしょうか(笑)。

軌道が違う2つの楕円をずらして重ねると、まあ奥行きは考えないことにすれば、あと3回はすれ違える計算になるわけで、きっとまた会える、と思うのも悪くない気がします。それこそ、いつかどこかで私とタカユキさんがそれと知らずお会いすることもあるかもしれません。

「長」というのは、恥ずかしながら1人でやっているサイトでの便宜上の呼称で要するに強制的「長」であり、実際の私は編集長や編集さんに使われる側の末端のフリーライターでしかありません(笑)。何か、ライティング業務がありましたらば宜しくお願いします!

――なんていう、こういう行動で、無理やりに軌道を近づけようとしたりして、それでも出会うことがなかったり、そんなつもりはなかったのに、たまたますれ違った人に運命を感じたりと、そんな人間って、本当にいいものだと思っております。

こちらこそ、彼女さんと再会したり、トレーナーになったりしまくりのタカユキさんのご多幸を心よりお祈り申し上げます。
2010/03/13 2:59 PM by ハセガワ


編集長はじめまして。めぐみと申します。

この作品を見てモヤモヤを起こし(笑)サイト巡りをする中で辿り着き書きこみさせていただきました。

名前から分かる通り女なのですが、女は過去をそこまで引きずらず現在にいたります(笑)

なので感想は「え!?それで終わり!?」でした。

女性二人の心境は痛いほど分かるのですが主人公のラストがイマイチわかりませんでした。

ただこちらのサイトを読み、過去付き合った男性に主人公のように「1年付き合ったけど1センチ・・・いや1センチも近づいていませんでしたね」
という男性を思い出し泣きました。

本当に悲しいんですよ〜彼の過去の傷を癒したい!と頑張っていた分。
別れて2年経ち、先日連絡がありましたが過去の傷は癒えてないようです。

私にとっては、その彼が心の傷になり1年ほど引きずりましたが、いまでは全く引きずっていません!!

女って強いですね(笑)

逆に男性の繊細さというか、切なさに触れ、そういうもんなんだな・・・
と、なんとなく別れた彼を分かった気がしました。

一人の人を思うのって素敵なことだと思うんです。
幸せになれるし、なってほしいですね。
だからこそ、そんな自分に自信もって「今」いる人を精一杯!大切にしてほしいな〜と主人公に対して思いました。

それが出来ないから悩んでいたし、一歩踏み出せてのラストですよね!

とだらだらと、すみません!!
編集長の考察と皆様の感想を読んで語りたい気持ちになり、ついつい書き込みさせていただきました。

読んでいただき、ありがとうございました!
2010/03/17 4:36 AM by めぐみ


コメントありがとうございます。

女性の方からはあまりコメントいただかない当エントリなので、それだけでありがたい限りです。場所はどこでも問題ありませんし、後ほどエントリー本体に移動させていただく際に、分かれてしまったコメントは合体させてきますので。

しかしやっぱりアレですか、女性は引きずらないですかやっぱり(笑)。とはいえ、そんな女性が付き合うのは、基本的には引きずりやすい男性であるわけで、パートナーの過去の傷に引きずられて、女性も心に傷を負うということもあるんですね……。周りの女性に迷惑をかけないように、強く生きたいと心から思います(苦笑)。

自分に自信を持って、1人の人を大切に思って幸せになる、って、本当は凄く単純なことのはずなんですけど、それがある種現代においてはファンタジーになってしまっているようなことが、もしかしたらあって、そのせいでこの物語はやたらと美しく儚く思えてしまうのかも――なんてことを思ったりしました。

でもそうだったら寂しい話ですね。全ての人生にとって、それが当たり前のことであったらよいのですが……。
2010/03/20 3:05 AM by ハセガワ


スピンオフであかりを主役にした物が見てみたくなりました!
2010/04/09 12:27 PM by


コメントありがとうございます。

この作品を見た人間はその視点を補強として欲しがるとは思うのですが、実際にそれをやるのであれば、多分新海さんはそれに最も適した監督ではなく、作品としては微妙なものになってしまうだけのような気も、正直なところ、しないでもありません。

また、小説を未読であるのなら、そちらをお読みいただくことで、その代替となるようにも思えます。気が向かれたら是非お手にとってみてください。
2010/04/09 1:41 PM by ハセガワ


はじめまして、

僕はこの作品をOne more time, One more chanceという曲から知り
見るに至りました。

この作品を見終わった後、胸がもやもやしてなかなか晴れなかったの
今でも覚えています、というよりこの作品を想う度
どこかもやもやしてしまいます(笑

見終わった後、自分ひとりでは整理しきれない思いが自分の中にあり
他の人がこれを見てどう思ったのか、知りたくなりました。
そうすれば、整理できるんじゃないかと思い
感想を見させてもらいあの時感じたもやもやが少しずつ
晴れていきました。

今なら僕もこの作品がハッピーエンドなのだろうと思えます
でもやっぱりタカキ君の隣には、アカリちゃんがいて欲しかったと
思ってしまいます、それじゃあこの作品は成り立たないのは
わかっているつもりなんですが(笑

いつか見返した時には、初めて見たときとは違う見方が出来そうで
楽しみです、見返すのに勇気がいる作品だと思いますけど(笑

長々と失礼しました。このHPに出会えたことに感謝しつつ、では
2010/04/15 7:32 PM by 8


コメントありがとうございます。

拙文をお読みいただいたことで、もやもやが多少でも晴れたとのこと、こちらこそ感謝いたします。本当にありがたいことです。

>でもやっぱりタカキ君の隣には、アカリちゃんがいて欲しかったと
思ってしまいます、それじゃあこの作品は成り立たないのは
わかっているつもりなんですが(笑

これはもう、誰しもが思うことなのでしょうが、ただそこで一息ついて、自分を中心とした現実世界にフレームを戻すと、そういう出会いや別れがあった結果として、自分が今ここにいることの不思議に、何とも言えない感懐があって、それこそが本作に限らないことですが、優れた恋愛をベースにした表現のみが与えてくれるようなものと思えないこともありません。

それこそ、私の良心など、貴樹と明里のようなカップルではなかったことは間違いありませんし(苦笑)。
2010/04/21 6:01 PM by ハセガワ
はてなブックマーク - 『秒速5センチメートル』コメント避難所・その2 | 04:54 | オススメ | comments(4) | trackbacks(0)
コメント
お久しぶりです。

一年前衝撃的なカルチャーショックを受けてここにコメントした、かんたろうです。

あれからのその後の報告を今更ながらさせていただこうかと、こうして書き込ませていただきました。

秒速5センチメートルを見てから、自分は大きく変わりました。

見向きもしなかったことに向き合うようになったり、自分を見つめなおしたりと色々ありましたが、今は充実した日々を送っています。

そんな日々を送って、自分はこの作品には、人を大きく変えるものを持っているんじゃないか、と思っています。

はじめて見た時のあのショックは今でもよく覚えています。

しかし、だからこそ自分はいい方へと買われたんだと思います。

やはり、ハセガワさんの言う通り、あれはハッピーエンドだと思います。

へたくそな文章にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


最後に、私ごとですが、例の想い人のその後について。

結局、なにも言わずに振られてしまい、落ち込んでいましたが。


今では、素敵なお相手がいますので、どうかご安心を。

では、下手な文章の上に軽く惚気話が入ってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。

では、またいつか。ありがとうございました。

2010/09/23 10:35 PM by かんたろう
コメントありがとうございます。

此の度もニン○ンドーDSからの書き込みでしょうか(笑)? 真面目な話、今回のコメントを見ずとも、私かんたろうさんをずっと覚えておりました。ぶっちゃけてしまえば4月に何もなかったので、あのアンチクショウ、

・結局告白できなかった
・告白して振られてしまった
・告白して上手くいったけどこのブログのことは忘れた
・告白して上手くいったしこのブログも覚えてるけど、もう幸せ爆発でどうでもいい

――のどれなんだかまったく! と思ったりしていたこともありました。ともあれお元気なようで何よりです。おまけに生きてるだけで儲けものなこの世の中で、上手いことパートナーまでゲット済みとは、本当に喜ばしく思っております。

ただ、そんな幸せ絶頂期な方に申し上げる話ではありませんが、本作品を小説版も含めて何度も見ておられるかんたろうさんなら失礼にはあたらないか思うので言ってしまいますが、たとえ今の恋愛が上手くいかなくとも、その先にまだまだ幸せの芽が転がっていることは、小学校からの思い人と上手くいかなかったことでよくお分かりになったかと思いますので、今後辛いことがあっても、そこで凹まずに「きっと大丈夫」と人生の踏み切りをさっさと渡ってしまえるパワフルな大人になってくださいませ。

そしてコメントの最後の「またいつか」に、「こいつ大人の階段上りやがったな、粋なこと書きやがって」と思ったことを正直に申し述べておきます。ともあれ、本当におめでとうございました。

まだまだ人生大変なんで、油断しないように頑張ってください(笑)。家族を養えるだけの稼ぎを得るには学歴なんかも大事ですんで(苦笑)。
2010/09/24 4:06 AM by ハセガワ
はじめまして。
友人に勧められて秒速5センチメートルをついさっき見終え、なんか消化しきれずにいたらここにたどり着きました。
全文拝読しました。おかげさまで不明な点などがわかり、とても参考(?)になりました。

式のときにまた(両親と)会うじゃない、という明里のセリフにはしばらく固まってました。
今はまだ鬱エンドとして心に残ってますが、いつかハッピーエンドだと思えるようになりたいです。切実に。

今、他の方のコメントをざっと見たらまさに自分と同じようなことを書かれている方いましたので省略させていただきます。

ただ、このモヤモヤを編集長の考察のおかげである程度落ち着くとこまで整理出来たので、その感謝の意を伝えたくコメントさせていただきました。

拙い文章でのお礼となってしまいますが、ありがとうございました。

この物語のように季節も徐々に寒くなってきました。
お身体に気をつけてください。


2010/10/23 5:25 AM by 白メシ
コメントありがとうございます。

すみません、私がなにぶん押し付けるようにハッピーエンドだ、と主張しているおかげでそう思わなければいけないかのような物言いになっていたら申し訳ないです。

欝エンドと解釈することはまったく問題ないことだと思います。とはいえ、ハッピーエンドと思えるようになりたいと思っていただき、もやもやの解消にある程度拙文がお役に立てたのであれば、大変ありがたいことです。こちらこそありがとうございます。

白メシさんも、お身体にお気をつけください!
2010/10/25 11:04 PM by ハセガワ
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