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にんげんだもの

とり・みき先生、よく書かれたなと嘆息した。 

児ポ法の改正案に反対する人が掲げる「表現の自由」って、結局推進派の方々の「児童を性犯罪から守るために」っていうのと同じような旗振りでしかなく、それを持ってどちらが上だ下だと差をつけられるものではない――という側面は、どうしようもなくあると思っています。 

なぜかといえば、こういう時だけ表現の自由を標榜しているけど、日頃その自由の重さに誠実に向き合っている人は実はそれほどいないから。

そんなことはない、と怒る人もいるかもしれませんが、まあ僕はそう感じている、というだけの話なのでご容赦下さい。 

とにかく、もちろん表現の自由が守るべきものであることは間違いないのだけれど、それは児童を守ることも同様であって、「そんなの建て前で、この改正案じゃ実際に児童を守るためにはならない」などと突っ込みを入れたところで、建て前同士のぶつかり合いになってしまっているような気が。 
とはいえ、この件に関しては、反対派は表現の自由を錦の御旗とするしかないのも事実で、「自分が児童ポルノにあたるようなエロ漫画が好きです!」とか表明したところで何の意味もないし、また多くの場合それを出来る人は少ない。Twitterでは表明できてもFacebookでは表明しにくい趣味嗜好とでもいうか。 

当然、繰り返しになりますが、そもそも単に好きだっていうだけじゃ「変態だー!」となるだけで意味はなく、あくまでも問題は表現の自由。児童ポルノの好き嫌いなんて二の次だったりするのがこの改正案の最もまずいポイントなわけですが、推進派の方はそんなことは知ったことではなかろうから、敢えて話を児童ポルノに限定してみましょう。

その場合、好きだと表明することもとてつもなく大変なことなのですが、「なぜ児童ポルノに類するような漫画やアニメなどが好きで、そのような表現が存在することでどれだけ救われているかということを、「変態だー!」の荒波に負けずに誠実に説くという地獄の罰ゲームをクリアするところまでいって、初めてその勇気ある表明が意味を持つという情勢なので、そりゃあ表現の自由に依るしかないわな、と(そして恐ろしいのは、そこまでやってもまったく響かない人が掃いて捨てるほどいそうな点)。 

だから結局、僕も煮え切らないことしか言えないわけですが、そんな中で、現在進行中の表現であるゴトウユキコ先生の『R-中学生 -第3学期-』という漫画作品では、おそらく改正案に反対する人たちが、そうできていればいいだろう、理想の光景が展開されている。 

ざっくり説明すると、
・舞台は中学校で、伊地知という男子が女子トイレに忍び込んで使用済みのナプキンをガメてそれで自慰行為にふけるド変態であることがバレてしまい、学校中を巻き込む大問題に発展。
・でも、伊地知が人間的にはいいやつだというのは、それまでのシリーズを読んでいればわかるし、実際にクラスメイトたちも次第に伊地知を許そうとし始める。 
・そんな中、その後も学校の中では性的に色々あって(笑)、不純異性交遊に異常に厳しい女性教師が爆発し、男女を別々の校舎に分けて、更には自慰行為を禁止にするとぶち上げる。
・生徒たちは当然困惑するのだが、そこでその教師は「オナニーをしている人はどこにいる?」というパンチラインを浴びせ、「誰もやっていないのだから、禁止したって問題ないでしょう」と言う。
まさに児ポ法改正案における反対派の立場のようではありませんか。 

で、漫画では、男子どころか女子も(というか最初に手を上げたのは女子!)オナニーしてます、好きです、と次々に表明し始めるという、まあ何とも凄い光景が展開され、伊地知も救われる形になり、まあ児童ポルノとオナニーじゃ話は全然違うと言われればそれまでですが、感動するやら、こんなのフィクションでしかありえないだろうと呆れるやら、ああでもフィクションでしかありえないのだとすればなればこそ素晴らしいのではないか、とまた感動するやらで、ここのところ非常に胸を掻き毟られている次第。 

しかし、その感情を推進派の方に伝えることは、結局その材料が普通の青年誌の漫画であっても地獄の罰ゲームなのだろうし(そもそも、使用済ナプキンで興奮する、という時点で人格を否定されるのもむべなるかな、と思う自分がいないわけでもありません)、一部の推進派の政治家先生の発言などは馬鹿じゃねえかと思うこともありますが、自分が子を持つ親であったなら、推進派に与したくなってもおかしくないと感じますし、児ポ法改正において立場を異にする人が、皆『R-中学生』の女性教師のようなわかりやすい悪役であるはずもなく、結局のところやはり煮え切らないわけで。 

とはいえ、やっぱり、表現の力って凄いなあとはゴトウ先生の漫画を読んでいて心から思いますし、この改正案を、イメージで判断しているのではなくちゃんと読んだ上で、「児童ポルノが問題であって表現全般の話ではないでしょ?」などと言う人がもしもいるのであれば、その人は表現ってものを丸っきり理解していないな――と個人的には思ってしまうので、これまたとり先生の真似っ子ですが、煮え切らないけど反対なのは間違いない、という。ああ、もやもやする。 

あと関係ない話かもしれないけど、「自由」って言葉が出したほうが負けな気がしていて、何か別の言い方で権利を主張できないものかと思っているのは僕だけでしょうか。
はてなブックマーク - にんげんだもの | 02:16 | 戯言 | comments(0) | trackbacks(0)
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