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『ライク・サムワン・イン・ラブ』
 アッバス・キアロスタミ監督の最新作『ライク・サムワン・イン・ラブ』を渋谷ユーロスペースで観た。2012年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作。小津安二郎を敬愛する監督が、宿願であった日本での撮影を実現するためにクラウドファンディングを利用したことでも話題になった作品。

 とあるバーで憂鬱そうにしている明子は、大学に通いながら、共に故郷の袋井を出て上京したナギサとデートクラブで働いている。
 ある日、突然祖母から日帰りで上京したという連絡が。ひと目会いたいのだけれど、得意客のヒロシに、お世話になった大切な存在だというある人のところに行って欲しいと、強く請われている。
 明子の憂鬱の理由はそれだけではない。気が短く偏執的なところのある彼氏のノリアキから、盛んに電話がかかってきていた。面倒になった明子は電話を切ってしまい、ヒロシが用意したタクシーに乗り込む。
 道中、寄り道をして、彼女を待つ祖母を発見した明子は涙を流す。しかしタクシーを降りることはせず、涙を拭って口紅を引き、客の元に向かった。
 タクシーが着いた先にいたのは、元大学教師の老人・タカシの自宅。明子はタカシの妻や娘と瓜二つであった。一夜を過ごし、翌朝タカシは車で明子を大学まで送る。
 すると、大学の前で張っていたノリアキが明子を捕まえて一悶着。どうにか明子は構内に入るが、ノリアキはタカシの車に近づいてくる。
 タカシの車に乗り込んだノリアキは明子との関係を訊ねる。タカシは明言はしないものの、はぐらかすような会話の流れは自然とタカシが明子の祖父であるという方向に流れ着く。ノリアキは明子と結婚したいと語るが、タカシは先程の様子を見る限り、あまり上手くいっていないようだし、まだ結婚するには早いのでは――とやんわりと釘を刺す。
 そこにテストを終えた明子が戻ってくる。驚く明子は、その後2人きりになったタイミングでノリアキと何を話していたのかとタカシを詰問する。祖父ということになってしまったが大丈夫、どうにかなるとタカシは「ケ・セラ・セラ」を歌う。
 しかし、明子を本屋で下ろして帰宅したタカシに、ノリアキに暴力を振るわれた明子から電話が……といった内容。

 まず、非常に面白かった。そしてその面白さの質に驚いた。
 ラスト前は館内中に笑い声に満ちる衝撃の展開。キアロスタミが震災後の日本を撮影、という時点で――過去作でイランでの大地震をテーマにした『そして人生はつづく』もあるだけに――重く静謐な性格ものを予想していたので、鮮やかに裏切られた。
 特筆すべきは、伏線のように見せて、それらが伏線でもなんでもなく、ほとんど全てが回収されない構成。

・明子の後ろに映るバーの扉は何度も開くのだが、それら客の中にノリアキ等物語を動かす登場人物は現れない。
・明子は車内から眺めるものの祖母に会うために仕事をすっぽかしはしない。
・タクシーの運転手はやたらと思わせぶりなカメラワークで抜かれるが物語には絡んでこない。
・居眠り運転しそうになったり、危うい車庫入れシーンが連発するが、タカシは自動車事故は一切起こさない。
・複雑そうな明子の実家に関する過去や、タカシの妻と娘に関する秘密はまったく明かされない。
・まるでアテレコのような声色でタカシに話しかける音声オンリーで最初に登場し、世界の位相をずらした感のあったお隣さんは、その後普通に顔出しで登場する。

 しかしそれらの伏線と思わせる台詞回しや画面レイアウトは、「何もねーじゃねえかよ!」とガッカリする要素にはならない。異様な緊張感が常に漲っている。日常的なモチーフなのに、壮大な一大フィクションである『ミッションちゃんの大冒険』を評した施川ユウキ先生の「何かとんでもない事が起こりそうな予感」が延々と続く、不思議な緊張感に満ちた世界という言(コチラより引用)が思い出された。
 ノリアキの勘違いから生まれるコミカルなノリも、素直に声を出して笑うような観客はいない(俺は口元が緩んでいたし、ふっと笑ってしまう人が何人かはいましたが)。いつかどこかで何かが爆発するのではという予感に支配されているので、ベタなコメディの筋に素直に乗ることができない。
 また、それらの描写は、直接物語の筋に踏み込まないが故に、本筋の脇にちらちらと配置されている程度で、物語の尺を浪費しないのだけれど、結果としてコンパクトな形で登場人物たちへの理解を深め、感情移入させやすくするための仕掛けとして見事に機能している気がする。恐るべき作劇術。
 そんな不発弾だらけの中で、伏線といった表出具合ではなく、冒頭からずっと高らかに鳴っていた警告アラームだけが、最後に大爆発するという構成で、とにかくラストの爆発は恐ろしくも痛快。その大爆発中にいちいち割り込んでくる、温め終わったのに中身が取り出されていないことを知らせる電子レンジのアラーム音は白眉。ここは実際に見てくださいとしか言えない。イランの電子レンジにもある機能なのか、日本人スタッフが薦めたのか。とにかくこのアラームが鳴る度におかしくておかしくて。人生はなるようにならない。

 主役3人の演技も素晴らしい。ゴンドリーやガス・ヴァン・サントに続き、キアロスタミ作品にも出演する加瀬亮、もう完全に日本の枠を飛び出している。
 そして一緒にベッドに入るシーンや、朝チュン的な描写はないのだけれど、明らかに明子を抱いたと分かる、翌朝最初のカットの奥野匡の笑顔なんか最高だった。


―――――ややネタバレ―――――


 タイトルにもあるジャズ・スタンダード「Like Someone in Love」は本作の主題歌でもあり、「これは恋なのかしら」とうそぶきはしない――というか、どう考えても老いらくの恋に浮かれているタカシは、仮タイトルであった『The End』の落とし穴にはまってしまったのであった。
 それでもケ・セラ・セラと嘯ければ本物なのだけれど、その後のタカシは……殺されてなければいいなあ(笑)。 いやー、面白かった。

『ライク・サムワン・イン・ラブ』公式サイト
(開くとそのまま予告編が流れます)

はてなブックマーク - 『ライク・サムワン・イン・ラブ』 | 04:03 | 戯言 | comments(0) | trackbacks(0)
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