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長谷川、裸眼やめるってよ
 もう1つのブログのほうに、福島に行った時のことを書くのは胆力がいるので、余裕で放置しちゃっているのですが、たまには日常の話題で埋めておこうかなという感じで久方ぶりに書いた話なのですが、こっちも放置しているのでコピペ更新。

 興収は苦戦し、今週で上映が終了してしまうようだが、世界に物語を必要とする類の人間の間でじわじわ評判が広がり続けている映画『桐島、部活やめるってよ(以下『桐島』)』。
 全体的な傾向はいざ知らず、Twitterなどの評判により、バルト9などは満員の回も出ている模様で、今週末のTBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』の「シネマハスラー」も『桐島』で、町山智浩さんもゲスト出演するとか。

 で、そんな『桐島』を2週間くらい前に観た。
 非常に素晴らしい映画だった。ただ、スクールカーストが非常に分かりやすく可視化されている作品なので、高校生時代の自分の立ち位置を思い出して悶絶する――といった感想をネット上でよく見かけていたのだけれど、僕自身はそんなことはなかった。一緒に観に行ったJさんは元バレー部のリベロで映画が好きで清水くるみ演じる実果のような同級生が好きだったとのことで、刺さりまくっていたのだけれど(笑)。

 ではなぜ、僕は自分の人生と比して刺さるようなことがなかったのかといえば、大きく2つの理由があり、そもそも高校を中退してるし、また高校は男子校だったから、というのが1つ。そして、中学時代のことをベースにしても、どこの立ち位置でもない、みたいな特殊型底辺(上のほうでは当然なかった・笑)の人間だったので、どの登場人物にも感情移入できないところがあったというのがもう1つ。
 全ての登場人物が僕からすれば羨ましく、また同時にくだらなくも感じられた。また、小学校時代に軽くいじめられたこともあるので、そういう直裁的な苦しみに比べると、あの頃を思い出して辛い、みたいなのは全部ノロケのようにしか聞こえなかったりもする。「さぞかし色々あって楽しかったんでしょうね〜」みたいな。まあ、こんなことを書くと、自分が一番性格の悪い立ち位置になってしまいそうだが、実際にそう思ったのだからしょうがない。
 もちろん痛みというものは、複数の人間においては相対的なものでしかないので、Jさんの苦しみが僕より軽い、といった話ではないのだけれども。

 ただ、自分の人生とクロスする部分で色々思い返したりすることがなかった分、物語に純粋に接することができたような気はするので、むしろよかったのではないかと思っている。まあ、自分の人生と照らし合わせて色々なことに思いを巡らせるのも、素晴らしい表現との接し方だけど、それはそれ、これはこれということで。

 そのようなわけで、いい映画だとは思ったのだけれど、それに触れることで青春フラッシュバックを起こすようなことはなかった『桐島』鑑賞からしばらく経った先週の土曜日のこと、荷物をまとめて、さあ事務所に行くかと思ったその瞬間、眼鏡の左側のつるが壊れてしまった。
 ネジで留められている根元が大きく欠けてしまい、とりあえずテープでぐるぐる巻きにしてみたのだけれど、すぐに外れてしまう。これでは仕事にならない。
 8年くらい使っているので、経年劣化が激しいのは分かっていた。ただ、僕は元々かなりその点に関しては気にしているほうだと思うのだけれど、震災以降、金を使う際にどこに落とすのかということにこれまで以上に敏感になっている。そのため、新しい眼鏡は社会貢献が素晴らしいなと思っていた、富士メガネさんで買いたいと考えており、また、どうせ富士メガネで買うのであれば、札幌の本店に行ってみたいとぼんやり思っていたので、そのままにしてしまっていた。
 しかし実際に壊れてしまってみると、この状態で放置していたのは無理があったなと痛感する壊れ方であった。なまじっか、富士メガネを抜きにしても、札幌に行きたいと前々から思っている理由が別にあったため、いずれ代替わりが実現するだろうと対策を講じずにいたのだけれど、まんまと先に眼鏡の限界が訪れてしまった。新たな4番候補が成長しきる前に壊れてしまった阪神の金本を思わせる。

 ――などと、引退の報を見て無理やり金本に喩えてしまったが、実際に僕にとっての眼鏡はアニキと呼ぶに相応しい存在だ。
 裸眼の視力が0.01から、あって0.03くらい。眼鏡がないと社会人としては何もできない(今眼鏡を外すとこのテキストで視認できる文字はひとつもない。秀丸エディタの背景が白地なので、黒い部分が文字だというのは分かる、といったレベル)。
 なので、とりあえず事務所に行く前に眼鏡をどうにかしなければならない。約8年前のモデルなので、まだ部品があるとは思えないのだけれど、購入した有楽町の無印良品に行くことにした。

 しかし、僕は有楽町まで歩くことにしたのだけれど、結論から述べてしまうとこの選択は完全に誤りだった。バスにしておけばあんなことにはならなかった。今となっては後の祭り。
 そして、どうしてわざわざそんなことをしたのか、ということを説明するためには、少々昔話(かつ本題)をする必要がある。

 僕は10歳くらいから眼鏡をかけているのだが、高校から二十歳くらいまでだろうか、具体的にいつ始めていつ止めたのかは思い出せないのだが、大体それくらいの時期を、基本的に裸眼で過ごしていた。
 当時の視力は0.2くらいで、そこから0.0いくつまで悪化するのは、仕事でPCを使うようになってからであった気がするのだが、何にせよまともに見えるわけではなく、学校の黒板やテレビや本を見る時はかけていたのだが、それ以外はできる限りかけないようにしていた。
 なぜかと言えば、人の顔を見たくなかったからである。
 自分で言うようなことではないのだけれど、昔の僕は人の目を見れば大体その人が何を考えているのかを読むことができた、と思っている。別に事実である必要はない。とにかく、そう思っていたのだから。
 そして僕は、自分に対してあまりよい感情を抱いていない人を前にして、平静でいられるほど図太い人間ではなかった。

 ではどうすればいいのか。答えは簡単。目を見なければいい。

 しかし物理的に視線が交わされないようにして相手の目を見ないというのは、人として失礼な行いである。顔を逸らさずにそうするためには……ああ、眼鏡しなけりゃいいじゃん! ――というわけ。
 ちなみに今は、ゼロではないのだろうが(普通に人間が生来備えているくらいには)、読む力は失っている。と、これも自分では思っている。しかし、読めようが読めなかろうが、とにかく僕にとって人間の顔というのは情報量が多すぎるので、基本的にはあまり見ないようにしているのだけれど。
 そして、現在は常に眼鏡をかけているので、その際に顔を逸らすということも平気でする(笑)。人として失礼な行いだが、二十歳以降は、それをしても基本的には自分にだけ責任が跳ね返ってくるような人生を選んでいるつもりなので、ご容赦いただければ――といった感じである。
 昔はまだ、普通に会社に勤めたりする人生も視野の片隅にはあったので、まともな社会人として礼を失する行為をすると、会社の同僚であるとか、周りの人にも迷惑がかかるわけで、そこまで思い切ることはできなかった。
 まあ、結局裸眼で仕事できる会社もそうはないので、どっちにせよ今のような人生に突き進まざるをえない方向性であるのだが……。

 ただ、実際に裸眼生活を始めてみると、想定外の利点もあった。
 一眼レフの写真のボケ味を美しいと感じる人はそれなりに多いのではないかと思うのだが、裸眼の視界に映るほとんどのものはボケボケなのである。これが、なかなか悪くないのだ。
 この裸眼時代は、僕の人生の最大の暗黒期とシンクロしている。とはいえ、世界のことごとくがくだらない、などと思っていたのかと言えば、そういうわけではない。
 おそらく、世界や人間に対する愛情や信頼は昔からかなりあったクチだと自己分析しているのだが、発展途上国の貧しい家庭に生まれ、すぐに餓死してしまうような人生がどうしても存在するように、基本的に世界は素晴らしいものだが、それらの祝福と縁遠い人生がなくなることも決してない。そしておそらく、自分の人生もたまたまそこら辺とは無縁なまま終わるのではないか――などと思い落ち込んで、暗闇に両足を突っ込んでいたのである。
 そんな厨二少年からすると、ボケた視界に映る世界は、「汚らわしい部分が目につかない、本来の素晴らしい世界」のように感じられたのだ。

 ただ、一時的なATフィールドとしては悪くなかったのだろうけど、結局のところそれは逃避でしかない。裸眼時代も終焉を迎えることとなる――のだけれど、具体的なきっかけは確かなかったはずで、昔mixiに書いた日記サルベージしたファイルを見たところ、
「眼鏡を外すことを止めた理由やきっかけは特にない。誰かに愛されて世界が一変した、とか、そんな出来すぎな話は全くなし。昨日の日記に書いたように、ただ、死ぬという選択肢は今のところ用意していないので、生き続けたまま底に着地しただけの話だと思う。単に、絶望することに飽きたのだ」
とある。
 困ったことにその「昨日の日記」はサルベージしていないのだけれど、まあ何となくのニュアンスは伝わるだろう。

 とにかく、ある日僕はバイト中に眼鏡をかけてみた。「仕事滅茶苦茶楽じゃねえか」「この人こんな顔してたのか」なんてことを思った記憶がある。
 そして、その日のバイトを終えて家に帰る途中、勝鬨橋で我が聖なるガンガーである隅田川の川面が真夏の太陽を浴びてキラッキラに光っているのを矯正視力で目撃した。
 その瞬間、漫画のように涙がゴッパーと溢れた。己の青さに気づき、僕はささやかに生まれ変わったのである。
 ずっと汚いものから目を背けているつもりでいた。
 実際にぼやけた視界の世界は悪いものではなかった。
 ただ、それは地に足が着いていない、虚構とない交ぜのものでしかなかった。眼鏡をかけた視界の世界が紛うかたなき現実である、というわけではないし、虚構であることが悪だとも思わない。
 しかし、それでも、僕が目を背けていたこの世界は、こんなにも美しかったのだと、思い出し泣いた。初めて知ったわけではなく、ずっとわかっていたことだったのに。

 ――と、そのような、登場人物1人だけのくせに青春感だけは妙にあるエピソードを経て、眼鏡をかけっぱなしの人生に回帰したのだが、そういえばあの感じも決して悪くはなかったしー、同じような夏の日だしー、ちょっと裸眼でザギンまでブラついちゃうかなー。と、思ってしまったのである。

 振り返って鑑みるに、まず単純に、その頃とは比べ物にならないレベルで視力が低下していることが一番の問題であったように思う。
 もう10cm以上離れると全部ピントが外れてしまうので、遠景のボケっぷりも遠い記憶のマイルドな感じではなく、それこそ隅田川もピッカピカで、綺麗は綺麗なんだけど、ボケ味云々の次元ではなくサイケデリックアートの領域に踏み込んでしまっていた。
 視力の問題ではなく、慣れの問題であったのかもしれないが、とにかく、そんなサイケな風景を眺めながらの炎天下のウォーキングは、視神経の駆使度合いがかつてのそれとは丸っきり違っていた。視力がいい方はあまりピンとこない感覚なのかもしれないが、目の疲れは脳の疲れに直結するので、どんどん頭がグラグラしてくる。
 これはまずいぞと、進路を変更して聖路加病院に駆け込み、トイレの個室でしばらく呼吸を整えて(ごめんなさい)、すごすごと家に帰った。
 それから、そのままベッドにぶっ倒れてしばらく頭痛に呻いていると、ただでさえ物理的に苦しんでいるのに、裸眼時代の嫌なことがツラツラと思い出され、スクリーンの中のスクールカーストを見ても何ともなかったというのに、ここでまさかの桐島触あたりを起こす羽目になったのであった。

 その後、4時間くらい寝て起きたら、どうにか動ける状態になっていたので、今度は素直にバスで有楽町に向かったところ、同じモデルのパーツはなくなってしまっていたのだけれど、どうにかつけられる別のモデルのつるはあるというので、それをつけていただき(おまけにそれも8年前のものではないのだろうが、古いモデルでもう使用する機会がないというので、無料で交換していただけた。無印良品有楽町店担当者さまに心より御礼申し上げます)、ようやく社会人としての機能を回復するに至ったのでありました。
 ちなみに夜は昼と比べ物にならないレベルでものが見えなくて、「太陽スゲー」と齢31にして痛感した次第。
 更に、先に述べたように10cm以下の距離でないとピントが合わないので、人の顔などサッパリわからないのだが、バスの中で見たポスターのショートカットの人が剛力彩芽だというのはすぐわかって、人間って面白いなあと思った。髪型や広告のデザイン、広告に出るような女性といった絞り込み検索ができると、これだけ見えてなくても剛力さんだと確信できてしまうんですねえ。
 それか、剛力さんが運命の人という可能性も、あるのかもしれない。


 まあとにかく、久しぶりに死ぬかと思いました。『桐島、部活やめるってよ』、いい映画です!!


 
はてなブックマーク - 長谷川、裸眼やめるってよ | 12:24 | 戯言 | comments(0) | trackbacks(0)
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