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続・あなたのいない世界で×あなたのいない世界で×あなたのいない世界で×あなたの……

(1つ前のエントリーの続きです)

 この件に関して僕が最も違和感を覚えた点は、前項の最後にある、亡くなった方に対する「一定の敬意」の欠如だ。

 まあ、僕個人がそう思ったというだけの話でしかないのだけれど、渡邉氏をこの件で叩いている人たちにとっては、この1人の人間が自ら命を絶ったという悲しい物語は、ただの材料でしかないように見えた。僕も渡邉氏が好きか嫌いかで言えば、明らかに苦手なほうではある。しかしあまりに品がないのではないか――と。

 日本海庄やの件なども含め、亡くなった方のことを思うのであれば、本来我々が敵視すべきは手頃な値段の居酒屋チェーンというシステムそのものであるはずだ。手頃な価格帯の飲食店の経費において最も大きな割合を占め、また容易に調整が利くのは人件費である。生ビールの樽はどれだけ励ましても泡だけを吹き出すようになってしまっては、もう一杯を搾り出すことは不可能。しかし人間は無理も利くしサービス残業もできる。

 また、1を2にするときの差が大きすぎるのも問題だ。野菜をちょっと多めに仕入れておく、といった具合に、ちょっと忙しそうだからAさんに1.5倍の動きの多さで働いてもらう、などといったことは難しい(それができてしまう人がたまにいるのも問題なのだが)。1.5倍の売上見込みでも、平素なら1人で賄えることが1.5倍では不可能となれば、もう1人入れるしかない。そしてその給料は0.5人分、とはまずならない(殊に亡くなったワタミ社員の方のような深夜の時間帯では、短いシフトで調整するといった対策もまず不可能)。

 だから無理をさせることでどうにかしようとする。正社員の業務手当にはみなし残業分が何十時間も織り込まれ、人を増やしたくないが1の力で回しきれないような状況を、営業後の社員の残業で取り繕う――といったことがどうしても行われてしまう。

 それを防ぐために、人を増やせばいいじゃないか。――そう考える人もいるだろう。しかし、それで商品の値段が上がった場合、それでもこれまで通りに客が来てくれるのか? 仮に来てくれず、会社が傾いてしまったなら、1人の社員の命よりもトータルでは重いと言わざるを得ないほどの従業員やその家族の人生を壊してしまうのではないか?

 しかし、綺麗事を言ったところで我々の稼ぎが増えるわけでもなく、「どうぞどうぞ人を増やして値上げして下さい」などと気軽に言えるはずもない。心ではそれを願ったところで、値段の高いワタミになど行けるはずもない――そんな人ばかりなのが今のこの国であり、そもそも現在のワタミや日本海庄やですら勿体ないと、宅飲みが流行るこのご時世だ。

 つまり鶏が先か卵が先かは分からないが、すでに多くの人々がシステムにがんじがらめにされてしまっているのが現状であると言えるだろう。

 仮に渡邉氏が1人の社員を殺した、とするならば、しかしその理屈を認めると、同時に我々の多くも彼女を殺すことに加担していたと言うべきではないだろうか。そして氏が多くの雇用を生み、そこにポーズが含まれていようが慈善活動なども多くされているのに対し、氏を批判する全ての人がそうであると言うつもりはないが、少なくとも僕などは世の中の役になどほとんど立っていない人間でしかない。

 そしてこの緩慢な殺人への加担することの責任は、「知らなかった」という理由で免除されるものではない。なぜなら、そもそも知らないまま進んでいくことがデフォルトであるから。

 ――そのようなことを考えていた折、ちょうとTwitterやFacebookで広まっていた、このテキストを読み、非常に腑に落ちるものがあった。インタビュイーは、震災以前からずっと反原発活動を行なっていた。そして原発事故を受け、原子力発電という巨大なシステムを止められなかったことを悔い、現在福島第一原発の復旧作業に従事している。

 彼を極端な思考の持ち主であると言えばその通りだろうし、福島の件はともかく原発は必要だと思う方も多いだろうが、それでもこの部分に関しては、ほぼ全ての方に意味が通じるのではないだろうか。以下引用。

ところが、反原発運動をやっている人は、自分たちは被害者で、まったく罪はないという風に思っていますね。


 福島で作られ、福島では使用されない電力の恩恵に浴しながら、反原発運動自体は僕は特に否定するつもりはないのだけれど、反対している自分はまるでこれまで何も悪いことをしていなかったかのようなメンタリティは確かに僕も感じ、不快にすら思うことがあった。そして渡邉氏を批判する多くの人々も、それと同じ状態になってしまっているのではないかと思ったのだ。

 しかし先に述べたように、かと言って人件費をふんだんに使い、それを価格に反映させた店にこれまで通りに飲みに行けるような生活をしている人は少ない。そして仮にワタミや日本海庄やの労働環境が改善され、それに比して価格水準が上がった場合、おそらく金の蔵であるとか、同業他社が値段据え置きを売りにして客を集めるだろう。そして、その背景で苦しむ従業員は変わらず存在するに違いない。

 また、学歴や職歴などをあまり問われずに、2・30万円台の月給が保証される居酒屋の深夜番の社員のような仕事は、サービス残業が多く織り込まれていることなどを承知してさえいれば、むしろ人生を立て直す希望のひとつとして機能している可能性すらある。もはや二重三重に、解除の仕方など誰も分からない、いくつもの複雑なシステムに気がつけば我々は組み込まれてしまっているような気がする。

 ただ、だからと言って沈黙することが正義ではないのも事実であり、結局のところ自分が正しいと思うことをするしかない。そして僕にはそれが悲しいことに映るだけで、多くの人が渡邉氏に批判的な発言をすることを、自らの正義に則って行なっているのだろう。

 そんなやり方じゃ、何もよくならないと思うけどね、ととりあえず毒づいて終わり。ちなみに僕は安く飲みたいときは好きな個人店に行きます。個人店レベルなら安くても働いている側も幸せ、っていうビジネスモデルが結構成立しているものなので。組織はどうしても拡大し続けることを義務づけられ、そのために常に余剰を必要とし、余剰を生むために何かが侵されてしまうことが多いと思う。

 極端な話、皆安く飲みたいときに個人店に行けば、「このビジネスモデルじゃダメなんだ」って渡邉氏が思って、環境を改善させることができるかもしれないわけで、それも立派なひとつの戦い方じゃないかと。

 もちろん、渡邉氏の対応策がリストラかもしれないし、安い個人店という選択肢があるのは僕が東京に住んでいるからかもしれないし、結局のところ正しい道なんてありえなくって、100年後の日本人が見たら、もう一旦皆ボロボロになるしか選択肢がなかった――みたいなフェーズが今なのかもしれない。

 しかしだからといって、何もしないということが下策中の下策であるということだけは、震災を経て皆学んだはずだと、まだ変わることはできるはずだと、夢を見ているだけかもしれないが、僕はそう思っていたりもします。

はてなブックマーク - 続・あなたのいない世界で×あなたのいない世界で×あなたのいない世界で×あなたの…… | 04:11 | 戯言 | comments(1) | trackbacks(0)
コメント
めっちゃ頭よさそう。
うちぜんぜんそういうの興味ないけど
ひかれるものがあるわぁ。
2012/04/12 8:51 PM by 内緒・・
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