編集長日記

続続続続・レスラー
また三沢とは別の話。


このレスラーシリーズじゃない、1つ前のマイケル・ジャクソンが亡くなった日に書いた日記で、彼の整形のことについて書いている。

日本に生まれ育ってワイドショーでしかマイケルを見たことがない若い人は、なんでこんなに騒がれているのかよく分からないどころか(それは三沢についても同様のことでしょうが)、整形ショタコン漂白(漂白て・笑、という話だけれど、どうもこの国ではそうでもないようで……)お化けみたいなイメージを持ってしまっている人も多いのだろうなあ、と正直思っている。

裁判についてはもう決着がついているのだからもうどうでもいい話だけれど、整形に関しては、マイケルを整形に失敗した元スター、程度にしか思っていない人には、おそらく僕はイラッとくる。しかしそんな僕が彼の死に大きな衝撃を受けている原因として、マイケルの顔があんな風になってしまったことが、確実に作用していたりもする。我ながら酷い話だ。


とりあえず、ここではマイケルが自らの容姿を変えたかった――と思っていたのか否かは、あまり関係のない話なので、とりあえず、まず最初の整形は事故にあった際の施術であったということ(まあ、これは議論するまでもなく確定としてよいことでしょうが)、そして、その後繰り返された手術も、その後の鼻のメンテナンスのためでしかなかった。ということにしてしまう。

それではあまりに好意的に見すぎではあるし、少なくとも顎は割っているわけだけれども、そこら辺も本稿では置いておく。なぜなら、繰り返しになるけれども、これから書くことにはなぜ手術をしたかはまったく関係ないからだ。整形外科だろうが形成外科だろうが知ったこっちゃない。


で、こんなことを言っては、悼むどころか失礼なだけだろうと自分でも思うのだけれど、僕には何であんな顔になっちまったんだ、と思えてならないわけだ。だって、おかしいじゃないか。

実際最初の手術では、非常に整った鼻になったわけだ。実父から性的虐待を受けていたという説を是とすると、トレードマークでもあったぷっくりとした丸鼻とお別れして、その頃の記憶を遠ざけることができたことに対する感動が、彼に何度も整形を行わせた――といった説に説得力を持たせるくらいにさ。

それが、どうしてあんな風になってしまうわけ? それも、対セレブ専門のブラック・ジャックも逃げ出すような(免許は持ってるけど)美容整形医がいたりするような彼の国で、だ。日本のアイドルが海外ロケから帰ってきたら整形失敗してました、っていうのとは話が違いすぎる。

なぜ、「マイケル・ジャクソンの整形手術」が、あんな結果を生んでしまうのか、ということだ。それについて想像を巡らせれば巡らせるだけ、僕はプロレス的なブルースにやられて胸が一杯になってしまう。

マイケルが倒れた際に側にいた、その経歴がかなりグレーだという専属医だとか、彼からさまざまなものを奪っていった大人たちだとか、今日のSMAP×SMAPでも爆発していたけど、美術セットに感動して絶賛するような、生きているときの姿であれば、苦笑いしか浮かばないくらいの真っ直ぐすぎる童心だとか――、

そんなピースを勝手に出歯亀的好奇心で繋ぎ合わせると、僕は勝手に、この人は自分の顔にメスを入れるようなことすら適当に摺り寄ってくる人間に任せてしまったのかなあと思えてならない。そして、それが真実であるかどうかは正直どうでもいい。これはあくまで、そんな幻想を僕に与えられる人間がどれだけいるのか、という話だ。


前の日記でエンターテイナーに徹した、って書いたけど、でも実はマイケルは『We Are The World』を挙げるまでもなく、政治的な活動も非常に多かった人だけれど、彼の立場って、一貫して、悪く言えば子供チックな、「困っている人を放っておけない」というものだった。

彼はおそらく(個人的には間違いなく、と確信しているけど)コソボ紛争に胸を痛めて曲を書き下ろしたその筆で、セルビア人が謂れのない差別を受けているシーンに遭遇したら、止めろと声を張り上げてセルビア人に捧げる曲を書ける人で、背景とか、歴史とか、多分関係ないんだよね。人が苦しんで、明らかにどう見ても悲しい死に方してるじゃないか、ってなったら黙っていられないんだと思う。

それって、本当は、多分人間として一番正しい姿勢だと思う。だけど、ちょっとでも何かに、1mmでも寄ってしまえば、その反対側にいる人たちからとんでもない糾弾を受ける羽目になるから、皆怖くてそんなことはできないし、怖くなくったって、そんな面倒なことは考えたくないから、自分の立ち位置をまず決めてから、反対側からは盲目になってしまうマジックミラーみたいなフィルターを通じて世界の色んな悲しいニュースに相対しているんだと思う。極端な例を挙げるなら、韓国人をチョンって言って貧しい自尊心を慰めてる日本人だとか。

でも、逆に言うなら、マイケルはそんな不誠実ができない人間だったから、こんな風になってしまったんだと思う。今って本当に正しく生きようとするとすぐ気が狂ってしまえる時代だから。

それが事実であれ嘘であれ、マイケルと同じくらい世界がその人を失ったことが大きなトピックとなったケースって、ジョン・レノンくらいだと思うけど、ジョンがIRAを援助していた、っていうのと同じような話、絶対マイケルには出てこない。良くも悪くも、それがマイケル・ジャクソンっていう人なんだと思う。苦しんでいる人に、差し伸べられるなら手を差し伸べるべきだっていう、笑っちゃうくらい簡単な金科玉条が、彼を芸術家にさせなかったんだと思う。

黒人は明らかな不利益を被っているんだから、才気溢れる黒人ミュージシャンが、自らのルーツに拠って、そして寄って、強烈なカリスマと政治的メッセージをまとっていくのって、至極当然のことだと思うのだけれど、それすらもマイケルにしたらナンセンスだったんじゃないかなって。どんなに悲しい歴史や大前提があったとしても、それでも一旦全てをフラットにして見なければ、決して差別なんて無くなりはしないってことを、マイケルは分かってたんだよ。

ただ、僕もそんな偉そうなことを言える人間ではないけど。中国も韓国もそんなに好きじゃないし、はっきり言ってしまえば、もしもアメリカで黒人差別がなくなったら、その代わりに白人差別が生まれるだけだろうと思っているのが僕という人間だ。マイケルが聞いたら悲しむだろうけど。


もう三沢じゃねえどころか、マイケルばっかじゃねーか、って話だけど、ここまで長々と書いたマイケルの整形のことを思うと湧き上がってくる感情って、実はその総量はともかく、初めて味わう類のものではない。

そして、それを以前味わったのは――というところでようやくプロレスに話が戻ってくるんだけど、それが何かと言うと、三沢光晴の人生に非常に大きな影を落としたジャンボ鶴田の最期だったりする。

すでにプロレスは引退していたのだけれど、肝臓を病んだ鶴田は国内での親族間の生体肝移植を断念して、海外での脳死肝移植を決意する。そしてオーストラリアに発った鶴田は、2000年5月にフィリピンのマニラでドナーが見つかり、彼の地に渡って手術を受けるも、移植後に合併症で――とかならまだしも、術中に大出血を起こして死亡してしまった。

ホントにビックリしましたよ。で、思いましたよ。「何で鶴田がフィリピンで肝臓移植の手術中に死ななきゃいけないんだ」って。

「――何でも何も、フィリピンでドナーが見つかったからじゃないか」
はい、そんなのは百も承知です。

「――フィリピンじゃなかったらいいのか、アメリカだったら違ってたのか?」
そうですよ、失礼は百も承知ですけどアメリカだったらこんなにビックリしてないですよ。つーか正直医者の腕のせいだって勝手に確信してますよ。

これも、別に僕が正しいか正しくないかはどうでもいい話で、僕にこんな悲しみを抱かせるのは、プロレスラーの死に様ぐらいだろうっていうことが主題。

もしも辰吉が、タイの屋台で喧嘩に巻き込まれて死にでもしたら、もっと衝撃を受けるのかもしれない――とは思うのだけれど、正直辰吉の美しさって物凄くプロレス的だよな、って僕は思っている。


ともあれ、整理がついていない文章で申し訳ないのだけれど(しかしこの文章が僕のためにしか書かれていないことは最初に断ったとおり)、僕にとって鶴田がフィリピンで死んだことと、マイケルの顔があんなことになってしまったことって、凄く分かちがたく結びついているのだ、という話。

続く。
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「続続続続・レスラー」を含むはてなブックマーク | はてなブックマーク - 続続続続・レスラー | 03:56 | 戯言 | comments(0) | trackbacks(0)
エンターテイナー


皆様いかがお過ごしでしょうか。私はノックアウトされております。携帯電話で寝ながらこれを書いており、撮ってみてテメエでビックリしてますが、これでも目は開いてます。

マイケル・ジャクソンの、不謹慎ながら、彼の伝説を悲しく幕引くためにはこれ以上ないとも思えるその最期の報に触れ、先日強打して、腹筋運動などはできないものの、日常生活を送る分には痛みがなくなっていた肋骨がまた疼きだし、胸が痛いとはこのことかと、仕事をしている映像作家宅に行かずに、休みをいただき寝ておりました。

昔日記にも書いた気がしますが、一貫してマイケル支持の私、ネットで見て一時間くらい椅子の前で呆けてしまいました。重ねて不謹慎なことを申し上げますが、三沢光晴のそれに比べ、なんと哀れな死なのでしょう。こんなことを言ってはいけないし、三沢は決してまだ死んではいけない人でしたが、それでも、やはり、人生にはどうしようもなく、美しい幕引きというものがあるのだな、と改めて痛感させられます。

そして、マイケル以上に三沢に多くのものをもらったはずの私が、ともすれば三沢の時以上に衝撃を受けているのかもしれないとも思える胸の痛みに呻いているのは、当然生前に彼のような偉業を成し遂げることは一切なく、というエクスキューズは必要ですが、マイケルの死を告げるニュースを見ながら、私はきっと、この人のような最期を迎えるのであろうと強く思われてならなかったからです。

とはいえ、死は残された人たちのものであり、我々にとってはあまりにも悲しい報ではあるものの、きっとこれは、決して悲しいことではないのです。

私は死後の世界の存在を、二元論で区切ってしまえば信じている手合いです。きっとマイケルは、久々のツアーで、自分に愛を注いでくれる人々の前で、思う様パフォーマンスをすることができなかったことを、一時は悲しむことになるに違いありませんが、すぐに自分がようやく、本当のネバーランドに来ることができたことに気づくでしょう。

そこには彼を苦しめるものはきっとないに違いありません。

例えば彼の整形を笑う人間で、一人の人間が――それも富や名声を十全に得た上でなお――あそこまで強迫観念に捉われてしまう背景に何があるかに思いを至らせたことのある者がどれだけいるというのでしょう(考えた上で馬鹿らしいと思う分には文句はない、というか、それはよく分かります)。

富や名声を得てなお、常に何かに追い立てられ続けたその人生において、もしかしたら、真の安らぎは、死によってでしか得られなかったのではないだろうかと、私には思われてなりません。

また、換言するなら、「こうすれば僕は救われるんだ」と思ったことに、盲目的に突き進み、その度に残酷なまでに最悪の目を出し続けたのが、彼の後半生であったのかもしれません。

しかし、きっと彼は、決して人生を諦めてはいなかったはずです。本人とて整形が失敗したのは百も承知だったでしょう。そうじゃなきゃ仮面もしないし顔も伏せない(マスクに関しては、パパラッチ対策であるとかを抜きにしても、紫外線対策という側面もあったかとは思いますが……)。しかし彼には、歌とダンスがあったのです。それだけは決して彼を裏切らなかった。姿形がどうなろうが、常に彼を愛し続けるファンがいた。そうじゃなかったら、きっととっくに駄目になってたと思う。はっきり言って。

彼のパンドラの箱に、歌とダンスはありとあらゆる物を詰め込み、そして世界は(狂わされたマイケル本人にも非は充分あるでしょうが)それをこじ開け、中身の多くを放り出してしまった。しかしそれでもなお、最後に希望は残っていたに違いないのです。

今、悲しみに暮れているであろうマイケルを愛する方々にどうか伝えたい。くだらねえカスどもが馬鹿らしい話ばかりを取り上げ続ける中で、彼の真実だけを見つめ続け、彼を支えることを止めなかったあなたたちは、真に美を愛する人々であると。

それがよいとは一概に言い切れない側面もありますが、しかし他の偉大な黒人ミュージシャンに比べて、彼ほど自らのタレントを武器と頼まず、その歌とダンスを純粋なエンターテイメントとして人々に供し続けた人もいないでしょう。そして、これほど芸術家という言葉の似合わない偉大なミュージシャンもそうはいないでしょう(頭にふと浮かんだのは美空ひばりでした)。

どれだけ汚れ、苦しみ呻いても、人間にとって音楽とダンスは光であることを雄弁に示し続けたマイケル・ジャクソンに、心より感謝の意を表します。おやすみなさい。チャーリーズエンジェルと楽しい共演を。
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続続続・レスラー
ちっとも三沢の話にならないが、脱線を続けて、さらにプヲタについて、少し考えてみたい。

ヲタと形容されるに相応しい――という表現自体があまり相応しいものではないが、僕にはよりよい表現が見つからないので許していただきたい――、集団で話せば盛り上がるのだが、1人だと気が弱そうな感じとでもいうか、そういった人の割合は、確かに総合格闘技よりプロレスのシンパに多い気がする。

それは、特に三沢が社長を務めていたノアなどの団体において特に顕著で、実はこれには、確固たる理由があるように思える。


プロレスラーは人を騙す、と最初に書いたが、どう騙すかと言えば、彼ら彼女らは、ブック(脚本)に従って戦っているのに、それをおくびにも出さずに、ただ総合格闘技のように、どちらが強いのかを競っているかのように振舞っている。そして、三沢の訃報を伝えるニュースにおいても盛んに喧伝されていたが、彼らの戦いと、格闘家の戦いにおける最も顕著な差は、「受ける」ことの必要性だ。

どこに、相手のフィニッシュブローをわざと受けるボクサーがいるというのか。どこに、わざわざ好き好んでヒョードルやGSPにマウントポジションを献上する総合格闘家がいるのだろうか。(逆に言えば、K-1のレイ・セフォーのノーガードが好き――といった感情は多分にプロレス的であると言えるだろう)


『ロッキー』がなぜ人の心を打つのかと言えば、何度打ちのめされようとも、必ずスタローンが立ち上がるからであり、客を騙し続けなければいけないプロレスラーは、相手の技を正面から受け、それでも立ち上がることで、詐欺師ではなく、物語の紡ぎ手となるのだ。

殊に三沢のそれは顕著で、本当に死んでしまうのではと思えてならない対四天王、対鶴田やハンセンらとの大技が飛び交い続ける激闘において、ことごとくを受け、ことごとくゾンビのように立ち上がり続けた。それは、あまりにも単純で、それ故に美しい人生の投射である。

何度倒されても、諦めずに立ち上がり続ける――そんなプロレスラーの姿に、自らの人生において、理不尽な悪意や不運に打たれ、しかし立ち上がらんとする勇気を、なかなか持つことができない人ほど惹かれるのは当然の帰結であり、その結果、プヲタなどと、心の支えを必要としない強い人間に生まれた、幸せな人々に揶揄される分には、言わせておいてやればよいではないか。


三沢がこのような形で死を迎えたことにより、わざわざ断るまでもなくなった話ではあるが、プロレスラーは、受けるための修練を血反吐を吐くまで重ねる必要があるわけだけれど(本来は。そのレベルに達していない、自称プロレスラーのアマチュアプロレスラーも多く、由利大輔さんの死亡事故はアマチュアプロレスラーが引き起こしたものだと言って差支えない。また、由利さん自身もアマチュアプロレスラーであったと言わざるを得ない)、どれだけトレーニングを行っていようが、予定調和だろうがなんだろうが、痛いもんは痛いんだよ。

三沢と同じく天才と呼ばれ、社長レスラーでもある全日本プロレスの武藤敬司は、まともに歩くことができないほどに膝が曲がっていることで知られているが、若かりし頃は、特にトップロープの上から相手目掛けて、月面宙返りで落下するムーンサルトプレスの、芸術と形容されるほどの美しさでファンを魅了していた。

そのあまりの美しさゆえに、武藤はムーンサルトプレスを使うことを求められ続けた。そして、実際にそのようなことをやれば相手の内臓を破壊するであろうムーンサルトプレスにおいて、プロレスを成立させるにはどうすればよいのかといえば、相手を真ん中に挟んで、腕と脚で受身を取る必要があり、中でも大きな衝撃を受けることになるのが、肘であり、膝である。

三沢が首に、特に重篤な故障を抱えていることは、ファンであれば誰しもが知っていた。金属疲労を蓄積し続けた結果として、武藤はまともに歩けなくなり、三沢は呼吸ができなくなってしまった。


おそらくは、この悲劇を防ぐことは可能であったのだろう。

しかし、プロレスラーはそれでもリングに立ち続ける。それはなぜか?

それは、一流のプロレスラーというものは、ファンのために戦っているからだ。彼らはリングに立ち続けなければ、ただの嘘吐きになってしまうことを知っている。自らの嘘に酔ったファンのために、嘘を吐き続けなければいけないといけないと思っている。

多くの格闘家は、自分のために戦っているだろう。しかし、プロレスラーは自分のために戦っているようでは二流止まりだ。唯一自分のために戦い続けて名声を得た存在として、もしかしたら大仁田厚が挙げられるかもしれないが、だからこそ彼は「邪道」であり、今日ではすっかり二流以下に成り下がっていると言っても差し支えないだろう。

話は逸れるが、新日本プロレスのエース棚橋弘至が、年々評価を高めているのは分かるのだけれど、どうも個人的にしっくりこないのは、彼自身は真摯にプロレス界全体のことを考えているとは思うのだけれど、まだ自分のために戦っている次元であるからだと思えてならない。

棚橋が、これまでの人生において最も他人の人生を狂わせたのは、おそらく結婚前に、以前の交際相手に背中を刺された事件においてであろう(一般人の肉体であれば死んでいたかもしれない重傷)。しかし、こう言っては何だが、恋愛においては、どんな人間でも人の人生を壊すくらいのことはできてしまえるものだろう。

そんな凡人にもできることではなく、新日のエースであるというなら、プロレスで、もっとファンの人生を狂わせてほしいものだと思う。

続く。
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続続・レスラー
畸形と狂気といっても、それらは見世物小屋的な要素と、別ち難い深い次元で結びついているはずのプロレスにおいては、ある程度あって当たり前と言っても過言ではないピースであるのかもしれない。念のため、ここでの両者は、ざっくりと言ってしまえば異常な次元でのそれを指すことを断っておく。


まず畸形とは、ジャイアント馬場やアンドレ・ザ・ジャイアントらの肉体を指している。障害者プロレスというものが生まれた背景と、巨漢レスラーの活躍の歴史には、遠い昔に心理的なクロスポイントがあったのではないか? といった思いも浮かぶのだけれど、そこまで考えていてはきりがないのでここでは触れない。

ちなみに、これを読んでいるあなた方は、晩年の馬場が大きな足を億劫そうに前に突き出したところに、タッグパートナーが相手レスラーを放り投げて十六文キックが炸裂――という構図をご覧になったことがあるだろうか? 思えば、あれをやらせだと悪し様に罵る人をあまり見たことはない。あれをプロレスだと皆知っているはずなのだ。とはいえ、これについてはもっと後で触れることに、なる、はず(何も考えないで書いているので自分でもどうなるかよく分かりません)。

さらに蛇足ながら、ロープに振ったら反動で戻ってくるというのも、本来力学的にはありえないということをご存知でない方がおられるようであれば、あれは投げられたレスラーが自分で戻ってきているのだということをご承知おきいただきたい。歌舞伎において黒子が見えないものであることや、人がいつか必ず死ぬ、といったことと同じ次元の、疑問を差し挟むだけ野暮になる、「そういう風にできている」システムなのだ。

閑話休題。

とにかく、馬場はその身体でもって、力道山以降の幻想を引き受ける存在ではあったが、やはりその幻想はプロレスの身の丈に合うものではないという考えがあったからこそ、身体が動かなくなってからも、先述のような「シュート(=真剣勝負)」という観点からは噴飯ものでしかない十六文ショーを演じ続けたのであろう(馬場がリングに立たなければ――特に地方などでは――興行が成り立たない、という視点もあるだろうが、これについてはおそらく後で必ず触れることになる)。


狂気とは、アントニオ猪木やフレッド・ブラッシーのそれだ。

”銀髪鬼”ブラッシーの噛みつきおよび相手レスラーの流血を見て、ショック死した人間は1人や2人では済まないが、ブラッシーは「その程度の犠牲で」噛みつきを封印することなどはついぞなかった。当然、リングの上ではないどこそこで、己のあまりにも業の深い生業について愚痴をこぼし弱音を吐いたこともない(僕の浅い知識の限りでは――だが)。

とはいえ、ブラッシーの噛みつきは狂気によるものではなく、悲しいまでの正気による行動ではあったが、たかがプロレスの幻想を守るために、常に銀髪鬼であり続けようとし、その役割に耐え切った精神力、彼が見ていたであろう深淵に対して、狂気という言葉以外に添えるものが僕には思い浮かばない。まともなら首の一つも括っていておかしくないだろうし、だからこそ自殺したプロレスラーは、一流のレスラーばかりであるのだろう。

そしてアントニオ猪木。猪木がモハメド・アリと対戦したり、海外に打って出たりしたことの背景に、肥大化しすぎたプロレスの幻想を守るため――という意図があったかどうかは僕には知ったことではないし、無理やりに、この自説というにはあまりにお粗末な妄想をこじつけるつもりもないが、本人が意識していようがいまいが、猪木の、ただ日本のマットに立ち続ける以外の活動が、国民的芸能としてのプロレスの延命に大きく寄与したことは紛れもない事実だと思う(これすらも確信と共に言い切れない程度の知識で、適当にこの文章を書いていることはご承知おきいただければと思うのだが、同時に、知らないからこそ、人間の意識の集合体たる社会における、意識的につけ無意識的につけ、「意志の流れ」とでもいうようなものが歴史に必ず大きな作用を与えており、それはプロレスの成立〜隆盛〜衰退においても同様であるに違いない――ということについて、純粋に考えることができるのでは、そして、それについて考えることは、決して無意味なことではないはず、という考えの下にやってはいる)。

ただ、猪木がアクラム・ペールワンの目を潰し、人生を壊したことは間違いのない事実だが、その事実における全ての非が、猪木にあったとは到底言い難い。しかし、人間が追い詰められ正気を失うに至ったところで、猪木ほどの桁外れの狂気を秘め、鈍い輝きを放つ異能もそうはいないだろう。

そもそも、これを書きながらつくづく思ったのだが、一体猪木以外の誰が、1976年12月12日にパキスタンに乗り込んで、カラチのナショナル・スタジアムのリングに立てるというのか。そしてそういった意味では、猪木寛至がプロレスラーアントニオ猪木となったのは、運命による必然であったと言って差し支えないだろう。仮にそこにいたのが馬場であれば、ペールワンは今も存命であるか、少なくとも馬場と同じくらいには生きていた可能性も十二分にあるように思えてならない。その代わりに、馬場が日本の土を踏めなかったかもしれないが。


ともあれ、毎日10gずつ体重が増えていても、日々鏡を見ていたところで、なかなかそれには気がつけないように人間はできているが、10年ぶりに鏡を見れば30kg体重を増した己の変わり果てた姿に驚くに違いない。

そのように、初代タイガーマスクなども含め、豊穣たる奇跡が力道山以降も続いてしまったために、急に本来の(もちろん、僕の思う――だが)プロレスの姿を見る羽目になってしまったファンの多くは、現実を受け入れることができずに、大いにうろたえ、動揺した。すなわち、昭和のある時期のプロレスの人気こそが、近年のプロレス人気の衰退の原因のひとつではないだろうか(もちろん総合格闘技の隆盛も大きなファクターだが、それについては後に触れる予定)と僕は考える。

スタンダールの『赤と黒』に、以下のような描写がある(表記は正確ではないと思います)。

”これほど耐えがたい、屈辱的な体験のあとでは、ジュリアンほど情熱的な人間でなければ、恋することは不可能であったに違いない。”

なるほど、総合格闘技のファンなどに、現在もプロレスを熱く支持する人々は、ネット上などで「プヲタ(プロレスオタクの略)」などと、多くの場合蔑称として機能しているであろう呼称を用いられているが、プロレスの嘘を最初から知っていたわけではなく、プロレスを信じきっていた状態でその嘘を知り、それでもプロレスを愛することを止めなかった人々の情熱たるや、常人のそれとは比べ物にならないレベルであるに違いない。

また、今でもプロレスはヤラセなどない――と信じ続けているプロレスファンの方も、少数だろうがおられるに違いない(それこそ三沢が社長を務めていたノアを指す、「ノアだけはガチ」というキーワードを代表として)。そして、僕はそれは幻想でしかないと思っているわけだ。

しかし、今でもなお、プロレスをそのように信じ続けることができる人は、その人を指して「まだプロレスがガチだとか言っちゃってんの?」などと哂う総合格闘技ファンよりも、美しい人間ではないかと僕は思う。

話が逸れに逸れようとしている予感がするが、続く(そして多分まだまだ終わらない)。
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「続続・レスラー」を含むはてなブックマーク | はてなブックマーク - 続続・レスラー | 20:46 | 戯言 | comments(0) | trackbacks(0)
続・レスラー
プロレスとアマレスの違いとは。

あなたはアマチュアフットボーラーとプロフットボーラーが別のスポーツをやっている様子を見たことがあるだろうか。アマチュアゴルファーとプロゴルファー、ママさんバレーとVリーグ、別に何でもいいわけだが、草野球を見ているうるさ型のファンが「こんなの野球じゃねえ」と言うのとは、話が違う。

プロレスラーはパンケーキを披露しない。仮にやったとしても、それを狙ってのものではない。タックルも然りだ。また、試合で金を稼ぐアマレスラーがいたところで、それはプロレスラーではない。


■プロレスラーはプロアマレスラーではない

では、プロレスラーは何がプロなのかといえば、人を騙すプロなのだ。

学生プロレスなど、プロレスをしているプロフェッショナルではない人たちは、基本的にはアマチュアプロレスラーという、困った呼称が与えられることになるのだが、それこそ、プロレスラーと比べても引けを取らない技術と表現力を持っているアマチュアプロレスラーがいるのであれば、そのレスラーを「プロレスラー」と呼ぶことに個人的には何の違和感も感じない。

戦後数々のヒール然とした外国人レスラーと、日本人プロレスラー――それには金信洛、またの名を百田光浩、あるいは力道山も含まれ、そしてその構図こそが日本プロレス界が世界に誇るべき極上の嘘であるわけだが――が激しい戦いを繰り広げ、多くの日本人に勇気と希望を与えたことを出発点とし、プロレスは常に大衆に美しい嘘をつき続けてきた――と、ここではそう言っておこう。

しかし、本来プロレスは、国を騙し続けるほどの器ではなかったはずだ。これは見方を変えれば、本来プロレスが担うべきレベルではない次元の幻想を、様々な状況が奇跡的に噛み合ってしまったことで、この時代に引き受けることが「できてしまった」とも言えないだろうか。そして、その奇跡こそが、現在のプロレスの窮状を招いた、とも言えるように思うのだ。


ただ、本当は、力道山以降のプロレスは、狂騒的とも言える祝祭から緩やかに、騙すべき範囲が縮小された、本来あるべき日常へと近づこうとしていたのかもしれない。

ところが――あくまでも無意識的な欲求だろうが――あまりに甘い嘘ゆえに(甘いだけで決してその嘘が上質なものではなかったことは、力道山の放つ空手チョップを見ればたちどころに理解できるだろう)プロレスに騙されていることに気づくことができなかった多くの大衆の思いは、それを許さなかった。

その思いの重さは、プロレスを新たな地平に旅立たせることを許さず、当事者たちもそのあまりの重さに、本来の居場所ではない「国民的娯楽」という、常人ではそこに立つどころか触れることすら許されない高すぎる頂に、立ち続けようとする覚悟を決めてしまった(この文章において、「そんなこと考えていやしないよ、ただ金になるところにいただけで人気が落ちるなんて思ってもいなかったはずだよ」といった突っ込みは不要)。

そして、そのためには上質な、とびっきり上質な嘘が必要になる。日本国民は次第に敗戦から立ち直り、最早進駐軍が与えるチョコレートのひとかけらでは満足できなくなりつつあった。力道山の空手チョップが”茶番”と化す時代は確実に訪れるはずだった。

しかし結果として、力道山以降のプロレスはまだプロレスであり続けた。その背景には、頂に立つ資格の尊さを理解する者たちの常軌を逸した努力と、その頂の高さゆえに集った綺羅星の如き才能というロジカルな下支えもあったのだろうとは思う。ただ、それだけでは、到底プロレスは国民的娯楽足りえなかったはずだ。


では、戦争と敗戦、人間となった天皇といった、歴史に打ち込まれたあまりにも大きすぎる楔に代わって、力道山以降のプロレスの幻想を支え続けたものは一体何であったのかといえば、それも到底真っ当なものではなく、おそらくは畸形と狂気であったのだろう。

続く。
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「続・レスラー」を含むはてなブックマーク | はてなブックマーク - 続・レスラー | 02:48 | 戯言 | comments(0) | trackbacks(0)
レスラー
三沢が死んだ。


昨日、仕事を一緒にやっている名嘉真法久がメンバーであるエイプリルズのライブ終わりで、一遍家に帰ってから終電でまた名嘉真宅に行くつもりで、パソコンも置いて帰ったのだが、仮眠してそのまま終電をぶっちぎる時間に起床してしまった。

結局そのまま朝まで家にいたのだが、不思議なことに、基本的に何も見なくても家にいるときはテレビは点けっぱなしにしておくのに、そしてまだすぽるとなんかはやっている時間であったのに、なぜかテレビを点けずに漫画を読んでいた。

おそらくテレビで三沢の訃報が流れていたなら、どれだけ漫画に没入していてもそれは聞き取っていただろう(日頃からそういう風にテレビを見ているというだけの話だが)。その頃すでに三沢は死んでいたというのに、朝を迎えるまでは、僕にとってこの世界は、当たり前のように三沢光晴がいる世界であったのだ。


三沢の死を知ったのは渋谷に向かう電車の中で、競馬面を見ていると思しきお父さんが持っているスポーツ新聞の一面に、「三沢」の文字が覗いたからだ。

新聞の折れ具合やおっさんの手に隠れてそれ以外は見えなかったが、よもや元ラブクライ・現LETTERの三沢洋紀が新聞の一面になるはずもなかろうし、三沢市に北朝鮮のミサイルが落ちたところで、紙面に大きく躍る文字は「北朝鮮」であるはずで、その時点で僕は三沢光晴が死んだのだと理解していた。

少なくとも僕にとっては、それがプロレスラーであるという認識があった。また、こう言っては何だが、おそらく三沢光晴が痴漢でもして捕まって仮に一面になっていても、その一面がちらと見えたところで、僕はそれを訃報だとは思わなかったに違いない――という妙な自信がある。


さて、まずは、プロレスとは何か、ということを今一度考える必要があるだろう(これを目にされる方に向けて――ではなく自分のためにね)。

続く。
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CL決勝とバルセロナの話
仕事凄くキワキワなんだけど、物凄く筆が進まない。現実逃避。


チャンピオンズリーグ決勝。

正直予想外のバルサ完勝。しかし、フットボールの理想を貫いたチームに3冠の報いが与えられたのはよいことだったなあと。また記者会見でマルディーニに触れたペップは本当に伊達男どすなあ。

あと、守備においてもスペクタクルを覚える性質の僕は準決勝のチェルシーは気の毒だとも思ったけど、まあ判定の公平不公平の話をすれば、あの準決勝はともにホームのチームが不利を被ったってことで手打ちでいいのかな、と。

2ndレグだけに限れば、正直ハンドは故意かそうじゃないか、って評価基準もあるからまだしも、ドログバを倒したのも含めればPK1回はあってよかったと思う。あれは、ドログバのフィジカルが鬼だからってだけで、他のFWなら酷い風体でぶっ倒れてたと思うし。ただ、日頃それだけのフィジカルがありながらダイブしたりする行いの積み重ねのツケを大舞台で払う羽目になったと言ってもよいのかもしれない。また、触ってもいないアビダルの退場を思えば、1stレグのボジングワなんてどないやっちゅーねん、って話だしね。


で、アビダルとアウベスが出れなくってマルケスも怪我したバルサの方が、フレッチャーの出れないマンUよりダメージ大きかろうと思ってたんだけど、結果的にはフレッチャー大きかったかな、と。

戦術的な柔軟性が増して、より無敵度アップ、的なノリもあったマンUがどうしてあんなになってしまったのか、っていうのは、正直ロジカルな理由を考えるよりも、最初の押せ押せだった10分間で点が取れなかったこと、そして最初に許したまともな攻撃で失点してしまったこと、にもしかしたら尽きるのかもしれない。

まあ、ヴィディッチは地味ーに明らかにコンディションを落としていたけど、いきなり失敗が許されない場面で初めてエトーさんのクイックネスを目の当たりにする羽目になったことは、情状酌量の余地があると思うのです。で、正直運もあるかな、って。

ただ、明らかに、センターに潰し屋がいれば(それを思えば厚い選手層で誤魔化せちゃってたけどハーグリーブスの不在はやはり大きかったのかも)、っていうのと、テベスを先発で使えなかった大人の事情と、ちょっとファーガソンは余裕を持ちすぎたっていうのはあると思われ。


序盤効きまくっていたことも含めて、先発は、正直ルーニーとテベスの2トップの4-4-2でサイドをパクとクリロナ、という要するに去年のフォーメーションで問題なかったはず。

個人的にはケイタでなしに左SBにシウビーニョ(試合終了後のメッシとのハグが熱すぎて思わずあらぬ疑いを抱くほどだった・笑)を選んだペップを全面支持ではあるものの、左にパク・チソンで守備面でもメッシをガッツリ抑えさせて、クリロナがシウビーニョを狙い撃ち、そしてルーニーとテベスはエトー×2の鬼の前線プレスを敢行、で大分バルサの中盤を壊す展開に持っていけたと思うのですよ。いかな2センターでキャリック×ギグス・アンデルソン・スコールズのいずれかのコンビであっても。

ところが、ファーガソンはチェルシー戦を見て、これならクリロナトップにした前がかり3センターでよかろうと思ってしまったのかもしれない。テベス先発がバルサ対策にはベストであると分かっていても。

できれば、サポーターに愛されまくっているテベスを穏便に手放すためには、CL優勝に貢献されまくっては、来期のチームマネージメントに支障が起きてしまう。だから多分使わない方がクラブ的にはいい――といった具合に。

で、実際に最初10分上手くいっていた。それが、あっという間に予定外の失点で歯車が狂いに狂ってしまったと。で、あまりにあっさりとした失点とはいえ、正直あそこまで一気にチームが浮き足立つとはファーガソンも多分予想していなかった。

それで混乱しちゃって、ファーガソンの采配もおかしくなったのかな、と。先発のチョイスはまだ邪知でしかないかもしれないけど、その後のベンチワークは明らかにあの日に限っては2流監督だったと思うし。


――と、まあ、適当に書きましたけど、結局のところは、ファーガソンが駄目だったとか、最初の10分を除けばイニエスタとシャビが鬼すぎたとか、色々あるとは思うのだけれど、真面目な話、1番のバルサの勝因は、フットボールの神様のご加護を得られたからなんじゃなかろうか――と本気で思ってしまう決勝戦だった。

逆にそうじゃなきゃ、ちょっとマンUはガッカリな内容過ぎた、と言ってもいい。あと、クラブW杯の分だけ、最後にコンディションの差が少し現れた、って見方もあるかも。

ともあれ、守備も守備で評価する私ですが、フットボールの正義が勝った、というにやぶさかではありません。でもホントに、どっちも運とは言わないけど、神のご加護でもなければ、この決勝とチェルシー戦を、どっちもこんな形で連破はできなかったんじゃないかな、と正直思うのでありました。

で、運も大きかったとしても、その運を引き寄せたのはペップとバルサというクラブの大きな意志であったのかなと。凄くロマンチックなものになりそうな予感がヒシヒシの、オシムの分析が聞きたい。
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